2017年02月27日

長年のご支援を感謝。私のホームページは本日をもって休刊へ

長らく、私のホームページに付合って頂いた各氏に対して、心からの感謝を
申上げます。 しかし、残念ながら私のホームページは本日を持って休刊と
させていただきます。

実は、昨年6月までの私は、健康そのものでした。「足から老いる」という
ことを知っていたので、毎日1万歩の早歩きを欠かしたことはありません。
時には2万歩を歩いてもヘッチャラ。 このため90歳どころか100歳まで元気に
生きてゆけるものと過信していたのは事実。

ところが昨年7月に、朝起きたら身体が硬直化して、整形外科医に診てもらっ
たら「これはひどい。即日外出禁止令」。 気になったので神経外科医にも診
てもらったら、「脳や神経系統はいたって安全。 全然 心配しなくてもよい」
との判断。おかげで「ホームページ」も休むことなく 継続することができま
した。これひとえに皆様方のご支援の賜物と感謝致しております。

しかし、正直言いまして、このところ毎週出筆することが 次第に苦痛に
なってきました。
このため常連の4氏に集まって頂き、いろいろ相談させて頂きました。
高齢になり、かつてのように現場指導もなく、書くことも 通り一変な
ものにならざるを得なかったことには、深く反省致しております。しかし、
この年寄の身としてはやむを得なかった結果だとも言えます。
そして、皆さんに相談した結果 「当分の間は休刊もやむを得ないのでは
なかろうか。とりあえず1年間ぐらい休刊にして、元気になったなら再び
健筆を見せて下さい」と言われました。

私としては、1度休刊にすると、再度立上げるには大変な苦労が必要なことは
十分に分かっているつもり‥‥。しかし 仲間の暖かい気持ちを受入れるとを
決断いたしました。その上での「休刊」の報告です。
どうか 私の我儘を笑って許して頂けるよう、寛大なお気持ちお願い申上げま
す。

鵜野日出男拝
posted by uno2016 at 23:39| Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

三神英彦原案・澤田石誠著「ぼく、学級会の議長になった」 (星雲社 1400円+税)

ぼく、学級会の議長になった.jpg

この本の副題は 「小中学生から始めるファシリテーション入門」
最近、やたらにヨコ文字を使った著書が多い。
簡単なヨコ文字なら なんとか理解が可能だが、「ファシリテーション入門」 と言われて、
その意味を完全に理解出来る人は、いったい 何人いるだろうか?  それとも私の語学力が
低すぎて話にならない、と言うのなら黙って引下がるしかないのだが‥‥。
ファシリテーションとは 英語のFacilitationのこと。 「会議、ミーティング等の場で
、発言や参加をうながしたり、話の流れを整理したり、参加者の認識を一致させたり、
合意の形成や相互理解をサポートすることによって、 組織や参加者の活性化・協業を
促進させるべく リーダーが持つべき貴重な能力の一つ」 と、ウィキペディアには書いてある。
詳細なことは、各自で調べていただきたい。

小学6年生のぼく。 学校への登校はやたらに早い。 なんと 毎朝7時半には教室へ着いて
いるという。 皆には 「両親が共稼ぎなので、朝が早いせいだ」と言ってあるが、事実は
違う。 たしかに共稼ぎであることは間違いない。 しかし、両親と一緒に家を出ると教室へ
着くのは8時過ぎになる。 だが1時間半前に教室へ着くのは、誰もいない教室で「今日は
どんなことか起るか」 を想像するのが秘やかな毎朝の楽しみだから‥‥。
 
こんなことを言っても誰も信用はしてくれない。 したがって、両親にも内証の話。

そのぼくが、「そろそろ8時か‥‥。 次に来るのは ぼくと同じ両親が共働きの航君か、
それともクラス一の慎重派で早く着いていないと気が済まないさくらか? あるいは
最近一人でこっそり鉄棒の特訓を始めた蓮君か?
足早の靴の音が廊下から聞こえと思ったら、ガラガラと教室のドアを開いたのは担任の
裕子先生だった。 予想もしない展開にびっくりして、「お、おはようございます」と
ぼくはあわてて挨拶をした。
裕子先生は、ぼくが2年生の時に初めてうちの学校へやってきたから、今年で5年目になる
若い先生。 やさしく思いやりがあって、生徒からの人気も高い。
「おはよう、樹 (いっき) 君。 いつも早いわね」
ん。 いつも?
先生は、ぼくがいつも7時半に登校することを知っているのだろうか? 

裕子先生は いつも授業が始まるベルが鳴ってから教室へ入ってくる。 今まで1度も 8時前の
早い時間に裕子先生が姿を現したことはなかった。たからビックリした。
「実は、今日の5時間目の学級会についてだけど、一つお願いがあるの」
「なんですか?」
「今日の学級会は学芸会の発表について話し合おうと思っているけど、そのための専用の
議長団をつくることにしたの。 そこで、樹君に議長をやってもらいたいのよ」
「え!」
耳を疑った。 議長と言うのは、学級会の司会役だ。 ただでさえ人前に出るのが不得意で、
普段の授業だって手を挙げることに恐怖を感じているのに、議長なんて務まるはずがない。
いきなり、何を言い出すんだ、この先生は?
「ぼくが?」
「そう、樹君が」
「‥‥‥」
胸に、ドス黒い緊張感が走った。

裕子先生の目はぼくをじっと見つめている。 裕子先生はとてもおだやかで やさしい表情を
しているが、その目からは強い意志がビンビン伝わってきた。
「大丈夫、樹君ならできるよ!」
「でも、ぼく、ぎ、議長なんてゃったこともないし、やりたいと思ったこともない!」
「誰だって、初めての時はやったことがないものよ」
「そりゃそうですが‥‥」
「そんなに心配する必要はないわよ」
「はあ‥‥」
「やってくれるわね」
「‥‥‥‥」
断りたくて、心臓がバクバクしている。 しかし、本当に断れるのか‥‥。
結局は、裕子先生に押切られてしまった。 何と言うことだ。
えらいことになってしまった‥‥。

この小説は、たったの100頁。
それでも、プロローグやエピローグ以外にも5章から成っている。 大変短い小説。
それでも、最近読んだ小説の中で一番感動させられた。
第2部には、著者が言うところの「小中学生から始めるファシリテーションの入門」 や
第3部には 「お勧め図書紹介コーナー」 が設けられているが、これはどこまでも
「付け足し」 に過ぎないようだ。
posted by uno2016 at 23:58| Comment(0) | 書評(その他) | 更新情報をチェックする

2017年02月10日

ハラスメントの、具体的なグレーゾーンのさばき方!


鈴木瑞穂著 「現場で役立つ! セクハラ・パワハラと言わせない部下指導」 (日本本経済新聞社 1600円+税)

英語の 「ハラスメント」 のことを、日本語では 「嫌がらせ」 とか 「いじめ」 と言う。
このハラスメメントには、なんと30~32種類もの種類があるという。 いわゆるセクハラとかパワハラをはじめとして、ドクハラ、シルハラ、アカハラ、モラハラ、マタハラ、ブラハラ、エアハラ、ハラハラ、スモハラ等々‥‥。
この本では、主にセクハラとパワハラに的を絞っている。 日本を代表する二つのハラというと、この二つに絞られるらしい。
この著の特徴は、「グレーゾーン」 のさばき方にあると強調している点。
つまり、本人がいくら 「セクハラだ」 とか 「パワハラだ」 と叫んでも、本人が勘違いしている場合がほとんど。 この見際めが大切だと著者は説いている。
とくに 「パワハラ」 の場合には、多い。
たしかに 言われてみると 「セクハラ」 とか 「パワハラ」 の場合は、グレーゾーンをどう裁くかによって、結果が大きく異なってくる。 グレーゾーンに的を当てた著作は 少なく、この本が「最初で最後」 になるかもしれない。

企業で働く社会人にとって、「セクハラ」とか「パワハラ」という言葉を 知らない人は皆無。 それは新人社員だけでなく、就職する以前からこの問題が 全ての企業にあることを知っている学生がほとんど。 しかし「セクハラ」とか「パワハラ」 について、その言葉の意義について 正確に勉強した人はいない。
つまり ほんどの人は、その本質と正確な定義を知らないままに、相手が「セクハラだ」「パワハラだ」 と言われれば、漠然とした自己流のイメージで間違った解釈で、納得した気分になっている場合がほとんど。
いま、全国の職場で問題になっているのは 「職場を運営して行く上であってはならない言動」そのもの。
そのうち 「人間関係のもつれから発生しているのが セクハラ」 で、「マネージメントセンスの不足」 から発生しているのがパワハラ。

ご存知の通り1987年の「福岡出版社セクハラ事件」の提訴で、そして 1989年には「セクハラ」が流行語大賞に選ばれ、多くの人の知るところとなった。 しかし、本書では1989~1997年にかけては、いろんな事例の蓄積時代だったと著者は語っている。
一口に「セクハラ」と言っても、 何を基準に「これは間違いなくセクハラだ」 と言えるのか、また 「セクハラではないと言う根拠は何か」 という点が非常にあいまい。
もっとも分かりやすいパターンは、男性上司がその地位を利用して 部下の女性に性的な関係を迫り、それを断ると女性部下に対して、「不利益な労働条件を課す」 というもの。
しかし、2007年にセクハラ条件が政府によって改正され、それまでは「加害者は男性、女性は どこまでも被害者」 という発想を転換した。 つまり 「逆セクハラもあり得る」 と認めたこと。
これは 大きな進歩だったが、やはり大きかったのは、1989~1997年にかけて行われた事例蓄積の効果。 これによって 膨大なセクハラに対する 実態と裁判例が報告され、いわゆる「越後屋の旦那衆」が激減している。

そして、本著が強調しているのは、本人が無自覚の上で起っている幾多のセクハラ。
それは 「相手がセクハラだ」 と感じたら 「セクハラになる!」 と言う 事実を知ることからはじまる。
これは、お互いに気をつけなければならない最重要課題。 
例えば下記の事例のすべてが、それに入るのですぞ‥‥。
●相手に対して、フランクさを示すために、「~ちゃん」 とちゃん付けで呼んだ場合に、相手が嫌がれば、これは明らかにセクハラ。
●自分のデスクに、ヌードのポスターや 家族の写真を飾るだけでも、相手に不快感を与えればセクハラになる。
●女性従業員に、相手に対する溢れるばかりの信頼をこめたボディタッチであっても、相手が 嫌がればセクハラ行為に。
●小学生の頃から下ネタの話をしていて、社会人となっても 雰囲気を和ますために下ネタの話をすることは、許されない。
●修業時間外に、女性従業員をリラックス出来る飲食に誘い、女性の本音を聞きたい と思っても相手が断ればセクハラに。
●カラオケで、もともとデュエット曲なので、女性従業員に「一緒に歌おう」 と誘っても、女性が断った場合は、無理強いは出来ない。
●昔から、宴席で女性従業員に「お酌」を要求するのは当り前。 しかし、女性が断った場合は無意識にグラスを差出すことは許されるない。
●相手の年齢や 肉体的な欠陥を冷やかしていると取られる行為は、如何に軽い気持ちで言ったにしても、許されることはない。

このような、無自覚なセクハラが続いている。
いずれも、女性が 「セクハラだ」 と感じた時点で 「セクハラ」 という判例が 多く出されている。 どんなに男性がジタバタしてもダメ。
これに対して、「パワハラ」というのは、1990年台に、バブルがはじけて、日本経済は 極端な不況に突入した。
その2003年に、和製英語として開発されたのがパワハラ。
その動機になったのは、岡田康子著 「許すな! パワー・ハラスメント」(飛鳥新書) だったと筆者は言う。 
そして、セクハラの場合は、女性が 「セクハラ」 だと感じたことは、すべて 「セクハラ」として処理されている。 これに対して「パワハラ」 の場合は、自己流の解釈は 一切認められない点だとこの著に書いてある。
細部は省略するが、女性従業員がセクハラと感じた時点で、全てが「セクハラ」 と認定されるよりは、かなり進歩しているように考えらるのだが‥‥。

posted by uno2016 at 10:36| Comment(0) | 技術・商品情報 | 更新情報をチェックする

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