2016年04月15日

ツーバイフォー協会が、日本で最大の住宅業界団体だった!!




住宅ジャーナル誌の編集時代を含めて、建設関連の業界団体で私が常日頃取材で訪れていた業界団体は、せいぜい20数団体。
今回、この記事を書くために 幾つぐらいの団体があるだろうかと興味半分に調べてみたら、何と 140もの団体名が浮上してきた。 私が常日頃取材していた6倍近い団体名が浮かび上がってきたことには、正直言ってびっくり。
この140にも及ぶ団体名を挙げても、ほとんどの人は知らないだろう。 もし、現役の時代にその存在を知っていたら、いろいろ話を聞きに回ったであろう団体が、なんと30近くにも及んだ。
その取材をしておれば、私の記事はもっと説得力を持っていたはずだといまさら悔んでも、所詮は「後の祭り」。

住団連 (住宅生産団体連合会) という9つの有力な団体会員から成立っている 住宅関連の団体がある。(このほかに著名な24社の企業会員と、13社の賛助会員から成っている)
この住団連には、①プレハブ建築協会、 ②日本木造住宅産業協会、③日本ツーバイフォー建築協会、④輸入住宅産業協会のほかに、普段は不動産業に分類されている大手ゼネコンを中心とする⑤新都市ハウジング協会や 分譲住宅を主に提供している ⑥全国住宅産業協会も参加。
このほかに、やたらに会員の多い ⑦全国中小建築業団体連合会や、⑧住宅産業振興財団、⑨リビングアメニティ協会も参加。 
このうちの、①のプレハブ建築協会から ⑥の全国住宅産業協会までの 住宅建設を本業とする団体の中で、実質的に規模が一番大きな団体は、当然のことながら在来木軸を中心とする ②の日本木造住宅産業協会だろう、と考えていた。
たしかに、何人かの役人の面倒を見ているので、国交省住宅局に対する発言力を 一番持っているのはプレ協。 少ない企業で 多くの戸数をこなしているから、「特別な法人だ」 という古い固定概念にとらわれ、別格の存在だと考えていた。

ところが、最近のプレハブの戸数と、ツーバイフォーの伸びを比較してみると 当初は20倍以上にも開いていた差が、昨年度は16%以内に急接見してきている。 つまり、昨年はプレハブが約13.4万戸に対して、ツーバイフォーが約11.5万戸に追い上げている。
数年以内に「ツーバイフォー工法が、プレハブを追い抜く」 可能性が高いのだ。
これを裏付けているのが会員社数。
木住協の正会員は480社を切っており、設計事務所も50社を切っている。 材料メーカーや賛助会員を含めて全会員社は617社。
これに対して、ツーバイフォー協会は正会員社が500社を越えており、設計事務所も 200社に迫ろうと言う勢い。 そして、全会員社は847社と、木住協を37%以上も上回っている。
木住協では1時間耐火構造を手掛けられる会員社は36社しかない。 もちろんツーバイフォーも研修を受けた設計士、工事管理者がいないとアパート建築は出来ないが、今までに延べ3000戸近くのアパートを建設し、大型の高齢者用の養護施設を数多く建設している実績が、ツーバイフォー工法を大きく伸ばしてきたものと考える。

日本ツーバイフォー建築協会のホームページを開くと、右の一番上に 「中・大規模建築物 事例集」 が掲載されている。 この中には、福祉施設、共同住宅、教育施設、医療施設、店舗・その他が紹介されているが、圧巻は福祉施設。
もちろん設計・施工とも三井ホームなど大手が手掛けたものが多いが、吉高綜合コンサルタントが設計して大分・茨城・香川などの地元のビルダーを活用している4例が目立っている。
一昨年、COFIの紹介で関東地域の3つの大型高齢者養護施設を案内してもらった。 どの施設とも1時間耐火を意識して、きちんとした施工を行っていた。
そして、吉高氏の次の発言が耳から離れなかった。
「養護施設でツーバイフォー工法が歓迎されるのは、もちろん木の肌に触れられることと、廊下で転んでも大ケガをしない、という木造礼賛論がある‥‥。 だが、養護施設を計画し、運営する業者から指定されるようになってきたのは、鉄筋コンクリート造に比べて、ツーバイフォー工法の方が20%も工事費が安いからだという事実を忘れてはならない!!」
つまり、鉄筋コンクリートの世界では、技能労働者が激減しており、とくに配筋工が払底している。 このために 坪単価が120万円以上はする。 これに対して、ツーバイフォーだと 坪100万円以内で全てが上がる。 つまりRC造の価格上昇が、ツーバイフォー工法にチャンスを与えてくれている‥‥。

こうした背景があったから、在来木軸という住宅以外の分野でツーバイフォー工法は、知らない間に急成長していて、今や日本一の業界団体になっていた。
つまり、木住協の617社からトップの座を奪い、ツーバイフォー協の847社へ急伸出来た。
ちなみに、それ以外の住宅団体の会員社の様子は次のようになる。
◎プレハブ建築協会 正会員 (300戸以上か3万㎡or5億円以上) 35社 準会員 (正会員以下)
 49社  賛助会員 104社   計188社
◎新住協 (新木造住宅研究協議会)  639社 (北海道163社、本州476社)
 断熱仕様ではかなり意見の一致点は見られるが、構造的に疑問な諸点に全然メスが入れられ
 ていない点が気がかり。 いわゆる Q-1 (きゅう・わん) 住宅を唱えているが、関東地区での
 展示ではお目にかかれなかった。 Q-1をまともに取上げている会員社は限られていそう。
◎家ならツーバイフォーネット  カナダのCOFIが主催するもので、800社を越えるメンバーを登
 録。 ただし、肝心の地場の有力ビルダーを登録していない点に、不満が残る。
◎パッシブハウス・ジャパン  設計事務所 57社、地場工務店 39社を中心に、賛助会員や特
 別会員を加えて124社が参加。 人によっては「新住協より頼り甲斐がある頼もしい団体だ」 と
 の評も。
◎アース21  北海道の地場ビルダーのなかでも 有力なビルダー29社が救合して作った珍しい
 組織。 準会員などを加えて66社で結成。
◎北海道無暖冷房住宅研究会  正会員31社プラス賛助会員社など11社で傘下は42社。
◎十勝ツーバイフォー協会  正会員19社プラス賛助会員社などで、傘下は41社。

上記以外にコンタクトしなければならない団体があるかも知れない。
しかし、このなかで組織としてツーバイフォー建築協会が最大の協会になっていたのは、私としては新発見であり、驚きでもあった。
というのは、「ツーバイフォー協会は三井ホームの方ばかりを見ていて、地方の地場ビルダーのことは何一つ考えていてくれない!」 という多くの声を聞いていたから。
だからといって、特段に新しい手法が地場ビルダーから提案されていたわけではない。 ただ、地方ではツーバイフォー需要はどこまでも住宅に限られており、相談を受けるのは主に3階建の場合で、1階を駐車場として使う場合はどうしたら効率的になるか?」 というものが圧倒的。
私も、そうした需要しか考えていなかった。
そこへ、登場してきたのが鉄筋コンクリート造に変わる低層の養護施設。
これには1時間耐火が求められる。
そして、4~6階建の中層建築となると、どうしても2時間耐火が求められる。
つまり、ツーバイフォー工法で、住宅需要だけに拘っていたのでは、拡がりが得られない。
これからは、積極的にRC造 (鉄筋コンクリート造) の分野を開拓して行くべきではないか? と言うのか新提案。

この提案は、ビルダー側よりも設計士側の方が本気度が高い。
先に紹介した 「これからの建築士」 の中で、チーム・ティンバライズの11人の設計士が、異口同音に言っていることは、「RC造や鉄骨造は巷にあふれている。 いまさらRC造で建て物を建てても、誰一人として振り向いてはくれない。 木を使うと言うモダニズム建築には、全員が関心が高い。 当然2時間耐火はクリアーしなければならない。 いまRC造の職人が極端に不足していて、
RC造は高くなってきている。 1時間耐火だと、木造の方がはるかに割安だと聞いている。 2時間耐火でも、木造は決して割高にはならない。 今まで都市の内部に木造があるのは当り前だった。
幸い、林野庁をはじめとして、国交省も積極的に木造建築を普及させて行こうとしている。 このチャンスに、私ども設計者がボヤボヤしていることは許されない。 チーム・ティンバライズにオンブするのではなく、1人々々の設計者が消費者と真正面に向き合い、木質中高層需要を開発してゆく義務があるのだと思う」 と。
こんな、頼もしい発言が、若い設計者から聞かされるなどとは考えてもいなかった。
世の中、変わったのですね!

設計士が、ここまで発言してくれている。
しかし地場ビルダーとして、おいそれとこの発言に乗ることは出来ない。
何故かと言うと、企業の大転換が私共の前に横たわっているから‥‥。
それは、「今までの地場ビルダーから 地場ゼネコンに体質を改善しなければならない」 という厄介な仕事。 
これは、口で言うほど簡単ではない。
まず、そのように決断した設計士を探し出せねばならない。 そして、自分が消費者を説得出来るように変わらねばならない。
そして、今まで見向きもしなかったRC造について、ひとかどの知識を吸収して、業界の実情と実務に明るくならねばならない。 そのためには、今まで知らなかったことを教えてくれる師匠を探さねばならない。
そして試験的に受注して、実務のすべてを空んじねばならない。
たしかに、今までの 「住宅」 だけに拘っていると、需要は毎年減少してゆく。
「地場ビルダーから地場ゼネコンへの転化」 というのは、それほど簡単なことではない。
しかし、これからの需要が、すべてRC造との競合になってくるということが納得出来れば、それほど困難な仕事ではないかもしれない。

いずれにしても、ここは大転換が求められているということを真剣に考えて、対処されることを期待したい。




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2016年04月10日

一番難しいイチゴの無農薬・無肥料に挑んだ野中夫妻の無謀



田中裕司著「希望のイチゴ‥‥最難関の無農薬・無肥料に挑む」(扶桑社 1000円+税)

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今年の2月25日付の この欄で、上部一馬氏の著作 「スーパー微生物農法」 を紹介した。 「除草剤や化学肥料が不要の神谷農法をご存知ですか?」 と。
そしたら、自ら農業をやっているT氏からメールが入った。
「信じられない内容なので、神谷成章氏で調べたが 一つもヒットしない。 特許関係でも応答なし。 unoさんが紹介するのだから間違いはないと思うが、unoさん自身の信用にも関わるのではないかと心配‥‥」 と書いてあった。
昔から新しいもの好きだった。 だから記者という仕事は体質が遭っていた。 だが、「私の書いた記事で、絶対迷惑をかけてはいけない」 ということは肝に命じていた。 したがって 上部氏の記述内容に疑問を感じ、事前に神谷成章氏を、出来る範囲内で調査していたのは事実。
開いたネットで 「神谷成章」 でヒットしたのは90件弱。 その中で否定的な意見は皆無。
中でも、大下伸悦氏が 「冬の農地が凍らない」 という著書を 日本文芸協会から出版し、さがみのクラブなどでは神谷氏を動員して講演会などを行っている。 この文芸協会が若干怪しいと感じたが、この著作は読んでおらず、「マガイモノ」 と断定するわけにはゆかず、奥歯に物が挟まったような表現になった経緯をT氏に伝えた。
その後においても微生物農法については、確信は得られていない。

そんな経緯があったので、「イチゴで世界で初めて無農薬・無肥料栽培に挑戦した記録だ」 と言われても、簡単には飛びつけなかった。 しかし、何回も読返しているうちに 「これは本物だ」 と確信した。
この物語の中心人物は、野中慎吾・浩美夫妻。 スーパーに有機野菜を売込んでいるオイスカ (国際NGO) が経営する農業専門学校の同期生。 地元の茨城で 浩美さんが有機用の農地を借りたいと町の農政課に相談に行ったが、「すぐに有機栽培をやってみたいと言う人に貸してくれる土地などはありません」 と、門前払いにされた。
その時、慎吾は豊田市の老舗の食料スーパー・やまのぶの山中会長に会って「今日限りでオイスカを辞めます。いろいろお世話になりました」 と 挨拶に参上したのが2006年の年末。
山中会長は、25年前から 「有機野菜」 を扱っていた。 近くにオープンした 健康食品店を視察したら、高かった。 しかし、当時は情報不足。 どこから手を付けて良いかが分からなかった。 そこで、田舎の 「野菜の無人販売所」 を視察。
「無人販売所」 へ置いてある野菜には、2種類があることが分かった。 1つは、市場へ出荷した後の残り物。 もう1つは、年輩者が裏庭で残飯などの有機肥料で作っている自家用野菜の余りもの。 そして、年輩者に聞いてみると、「自分のところで 食べる野菜だから、農薬や化学肥料は一切使っていない」 と断言。 試めしに、そうした野菜を買ってきて食べて見ると、旨い。「これだ」 と思い、その足で自家用の農家を訪ねて 直接仕入れて、「ごんべぇの里の野菜」 を夏場2~3ヶ月の限定商品として売出したところ大好評。
そして、野菜だけでなく、コメも無農薬・無化学肥料の有機栽培にしたいと、3年前から 全私財を投じて 「農業生産法人・みどりの里」 を立ち上げたいと 計画していた。 しかし、自分は歳なので、若手を探していたところ。 飛込んできた野中慎吾青年はまさにうってつけ。
「私と一緒に農業生産法人を作ろう。 そして、自然栽培のコメを作ろう。 みどりの里の初代責任者は君に任せる。 ただし、1つだけ条件かある。 それは、1年間秋田へ行って、コメの自然栽培のコツを学んでくること!」

山中氏が紹介したのは、秋田県大潟村で約20町歩 (約6万坪) の田んぼで 自然栽培の良質のササニシキを作り続けるコメ作りの達人・石山範夫さん。
地平線まで広がる田んぼを見て、まずそのスケールの大きさに驚いた。そして、石山氏は全ての田んぼを有機栽培から 自然栽培へ切替えたばかり。 それだけでなく、慣行栽培のコメ農家と変わらぬ収穫量をあげ、安定した収入を得ていた。
石山氏は「無農薬栽培で収穫できれば、それでよし」 とは していなかった。 「質」 の面でも非常にこだわり、作るだけではなく販売、営業面の細部までミスが生じないように配慮している。 さらに時間のムダを省き、無借金で事業を成し遂げていた。
こうした総合力があったから、自然栽培でも有利な展開が可能になっていた。 慎吾氏は 「無農薬栽培だと、小規模であってもやむを得ない」 とそれまでは考えていたが、これがとんでもない甘い考えだったと悟らさせられた。
この石川氏は、未婚の浩美さんを一緒に研修を受入れるのを嫌った。 このため、07年の1月に結婚式をあげて入籍し、2月には山中氏に見送られて、大潟村の研修には2人で加わった。
石山氏の研修は厳しいものだった。 2人は石山氏の表裏のないひたむきな人間性に惚れ、朴訥な優しさに惹かれて厳しさに耐え、無事1年間でコメの自然栽培を身につけた。

ここで、「有機栽培」 と 「自然栽培」 の違いを説明しておこう。
「有機栽培」 というのは、化学肥料を使わず、草や根っこなどの植物繊維、残飯や 牛・豚・鶏などの糞尿を時間をかけて発酵させてつくる有機肥料を、主な肥料とする 農法。 どちらかというと、「土」 作りに主眼を置く農法。  原則として農薬も使わないが、最低限の農薬の使用は一部認めている。
これに対して 「自然栽培」 というのは 「化学肥料と有機肥料、それと農薬の両方とも使わない農法」 と考えてよい。
「慣行栽培」というのは、従来通り化学肥料と農薬の使用を認めている旧来型の農法。
この違いが分かっていないと、途中で混乱を起すことになる。

こうして、08年から野中夫妻の豊田市における自然栽培でのコメ作りが始まった。
田植が終わり、一段落した時の蕎麦屋に向かう車の中で、山中会長が唐突に次のような提案を2人に行った。
「あんたたち、田んぼをやっていたら冬はヒマでしょう。 どうだろう 無農薬でイチゴの生産に取組んでみたら‥‥」 と。
無農薬のコメ作りの研修を受けたので、今後は無農薬での野菜づくりをやってゆく自信はあった。 しかし、専門学校時代にイチゴの有機栽培に取組んだ時、病害虫にやられた 苦い経験が慎吾にあったので、思わず会長に聞いた。
「本当に、イチゴの無農薬栽培なんて、出来ると考えているのですか!?」
「大丈夫。 私ね、無農薬でイチゴをつくれる肥料屋さんを知っているから‥‥」
どうやら、会長は有機栽培で、化学肥料を使う栽培方法と、自然栽培とを、同じジャンルだと勘違いしているよう‥‥。
それを嗜めようと考えたが、しかしイチゴの無農薬栽培と言う絶好のチャンスを会長はくれようとしている。 心の中では、「イチゴの無農薬栽培など絶対にムリだ」 と分かっている。
「イチゴの無農薬栽培というのは、大変に難しい。 本当にやるんですか?」 と重ねて聞いた。
「やるの!!」
会長の意思は固かった。

会長が指定する肥料会社の担当者とスーパーであって 話を聞いてみた。 そしたら、「イチゴに関しては、そんなに知らない」 と言う。 会長の話とは 全然違う。
しかし、野中夫妻はイチゴに関しては完全な素人。 ともかく、業者の指導を受けながら、迷いながらのイチゴ漬けの生活が始まった。 野中夫妻にとっては、生まれたばかりの赤ん坊を背負って仕事に没頭。 そして半年後の12月クリスマス前の初収穫日を迎えた。
当時のビニールハウスは全部で4棟。 このハウスで咲いた1番花から1500パックを収穫。 市場のイチゴに比べても、見劣りしない甘酸っぱい味。
「無農薬栽培なんて、楽勝。 病気にやられずに出来るんだ!!」
そう思っていたのは年末まで。
年があけて、アブラムシをはじめとする病害虫の猛攻で、事態は急変。 たまりかねた慎吾は、業者に訴えた。
「肥料のやり過ぎで、アブラムシが大量発生しているのではないですか?」
「そんなことない。肥料が足りないからだよ」
「味も悪くなっています」
「肥料が足りないからだ」
「イチゴの色も薄いみたい‥‥」
「それも、肥料が足りないからだ」
何を聞いても 「肥料が足りないからだ」 といって有機肥料を奨める。
「絶対効くのですね?」 と言いながら、チッソ分の多い肥料を施し続けたが、事態は一向に改善されず、2番花からは絶望のどん底へ突き落とされた。
ありとあらゆる病虫害が襲いかかり、回復の見込みはなくなった。
これに対して、肥料業者は 「播いたからすぐ効くモノではない。そんなに虫が嫌いなら 農薬を使え!!」 とほざく。
「農薬を使わずに出来ると言ったのは誰だ!!  もういい。 自分で解決策をみつけるから、2度と口を出さないでくれ!!」
おとなしい慎吾も、堪忍袋の緒が切れた。

コメづくりに関しては、1年間の研修を受けた。
しかし、イチゴづくりは1年と5ヶ月かかると言われている。 その作業工程の全体像が野中夫妻には掴めていない。 そこで、2年目は浩美の紹介で、隣町のコンドウ農園に教えを乞い、イチゴの減農薬栽培で再スタートをすることにした。
コンドウ農園は、暖房も換気扇もないハウス。 しかし、野中夫妻はハウスの内側にビニールのカーテンを張り、夜は内張りビニールを降ろし保温効果をあげたりした。 そして、減農薬を散布したが、1年目の肥料過多地獄から脱することが出来なかった。 また、有機栽培での土づくりの限界も感じた。
2年目はほとんど収益がなかった。
3年目の2010年には、ハウスは9棟に増えていた。 夏にハウスの中を雑草で茂らせて余分な栄養を取り、それを刈り取って思い切って無肥料栽培に取組んでみた。 また食酢と「粘着くん」で、病害虫に立ち向かう方法も確立した。
この年のイチゴはおいしく、山中会長夫妻も喜んでくれた。
07年に秋田へ行った時、「奇蹟のリンゴ」でお馴染みの木村秋則氏のサジェスチョンも受けていたので、青森へ送ったら好評を得た。
無農薬のおかげで 栽培が楽になったし、ハウスからはナメクジやモグラが姿を消した。

そして、4年目の2011年からは、「栄養生長」 とは相反する 「生殖生長」 が、イチゴの味を決めるということが分かってきた。 このためには、イチゴを弱らせねばならない。 しかし弱らせ過ぎると病虫害にやられてしまう。 自然のリズムに敏感に反応し、農作物の状況を 正しく読み取る 「勘」 こそが、イチゴづくりのポイントだと知らされた。

そして、昨年からイチゴの無農薬による苗づくりという最も難しい課題に取組んでいる。 夏の夜温が24℃以下でないと炭そ病に罹ってしまう。これを避けるために2015年には子苗を7月中旬には長野県平谷村へ山上げして、9月上旬に豊田市の畑に戻している。
このため、2015年の暮から16年の5月末までに沢山の美味しいイチゴが採れるはず。

この報告書は途中経過に過ぎないが、イチゴ作りの難しさと醍醐味を語ってくれている。


posted by uno2016 at 15:52| Comment(0) | 書評(その他) | 更新情報をチェックする

2016年04月05日

プレートが1枚物ではなく割れていて、割れ目で地震頻発の怖れ!!



一昨夜の、つまり3月3日 (日) のNHKスペシァル番組 「地震列島・見えてきた新たなリスク」 を見ましたか?

21:00~21:50までの、50分番組でしたが 「建築関係者にとっては必見」 と言えるほどの価値のある番組だと、私は感じた。
NHK第1放送が、昨年秋より放映している 「スペシアル番組」で、「巨大災害」を取上げていて、なかなか面白い番組揃い。
今回は、その4回目か5回目に当る番組で、「地震列島・見えてきた新たなリスク」 と題した力作だった。
いつものとおり、たいした期待もなく見始めたのだが、途中で発言している研究者などの名前や所属先を記録したいと思ったのだが、手元に筆記用具がないので、ポカーンと口を開けたままというありさま‥‥。
早速、再放送を調べたら、今日の深夜、4月6日の夜0:10~夜中の1:00まで。
残念ながら、このブログには 間に合いそうにはない。

実は、私は今年の新年に岩波新書の、山岡耕春著 「南海トラフと地震」 と 平田直著の 「首都直下型地震」 を読んでいた。 素人なりに、何とか地震に対する皆さん方の注意を引こうと考えた次第。
ところが、岩波新書が取上げていた著者は、いずれも地震学界で名をなした著名人。過去の地震のことを語らせると、さすがと唸らさせられるものを持っているが、新しく起っている現象には疎く、新しいリスクに対して何一つ警戒を発していなかった。
このため、私はすっかり安心してしまっていた。

素人の私が2冊の本を読んで分かったことは、大正時代の 「関東大震災」 などは 200年に1度程度しか起らない特別の地震で、当面は心配は不要だということ。 その間に起る 「直下型地震」 などは、「部分的に大きな被害が出たとしても、地震学的には それほど大騒ぎするほどのものではない」 と決めつけているかのように書かれていた。
つまり、「部外者は黙っておれ」 と命じられたような気になって、書くのをやめた。
両先生とも、「阪神淡路大震災」 は 取上げているけれども、断層がなかったはずの中越地震のことは1つも触れていない。 まして川口町のガルが 2500ガルを越えていたことや、川口町内以外では震度7強と言うほどの激しい揺れで、豪雪地で4~5寸角の柱を使いながら90%以上の家が倒壊していた事実については無視。

木造部分は全壊していたが、どの家も高床方式を採用していた。 つまり、ダブル配筋で1階は車庫兼倉庫として使っていた。 
豪雪地帯なので、雪に埋まってしまう1階は 冬は使いものにならない。
このため、人々は冬場は2階から出入りしていた。
その1階の鉄筋コンクリート造が、ほとんど被害らしい被害を受けていなかったのには、ビックリさせられた。1階のRC造ややたらに丈夫。 
しかし、このことすら学界の先生も見落し、誰も取上げていない。

たしかに、マグネチュード9.0を記録した 東日本大震災に対しては、その揺れた時間が長かったのと津波の怖さには心から降参させられた。
だが、震度的に見ると大部分が震度は4~6以下であり、「地震だけを見ると、それほど怖れることがない」 というのが、私の率直な印象。
したがって、「東北地震で、倒壊した家が1ヶ所もなかった」 と自慢げにPRしている地場の住宅業者に対して、嫌悪感を抱いたのは事実。

その東北の海岸線附近で、あれから5年以上も経つのに、各地で「50センチ以上も土地が上昇してきている」 という。 そして、沿岸からかなり離れた沖合では、地下のマントル自体が異常現象を起して、海底プレートに複雑な動きが見られるとのこと。
「マントルの動きによっては、地盤が変形して、新たなリスクの危険性も浮かびあがってきている」 とNHKでは叫んでいた。 つまり、次の津波があるかも知れないとのこと。
そうした地盤の動きは、全国に設けられた1800ヶ所のGPS (Globel Positioning System。アメリカが地上2万キロメートルに30個の周回する人工衛星を打上げ、それから電波を受信して全地球的に位置を計測するシステム) によって、土地の動きや浮沈を測定している。 その結果、東日本大震災以降の新しい危険な動きが感知されるようになってきているという。

残念ながら 私には地球そのものに対する知識がないので、新しいマントルの危機が100%理解出来ないでいる。

ともかく、今まではプレートというのは、一枚の大きな岩というか 板のような状態だと考えられていた。
ところが、日本の研究者だけではなく、アメリカの高名な学者も、プレートは一枚板ではなく、いくつかのブロックに割れていると言い出した。
そのブロックの割れ目が、中越地震を引き起こしたそもそもの元凶だと言うのだ。 つまり、断層より怖いプレートの割れ目が、日本列島にいくらでもあるというのだ。

そして、島根県における過去数回の震度4程度の地震は、大きな地震の前触れでないかという憶測がなされているという。
また、日向灘沖の何回かの小さな地震が、南海トラフ地震を呼ぶことになるかもしれない、とも言う。
こうなってくると、とてもじゃないが私の手に負えない。
どなたか、今日の深夜の12時過ぎのNHKテレビの再放送を見て、私を含めて多くの人々に解説して頂けないだろうか?

情けないけど、私にはお願いするしか能がない。
心の底から、伏してお願い致します。


posted by uno2016 at 06:58| Comment(0) | 技術・商品情報 | 更新情報をチェックする
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