2016年05月30日

2年前に、こんな素晴らしい著書が出版されていたのですね!?


上阪 徹著「成城石井は安くないのになぜ選ばれるのか?」(あさ出版 1400円+税)

成城石井本.JPG

2年前に、この本が出版されていたことを知っている人は、何人いますか? 
「成城石井」 というスーパーの存在、そのものを知らない人が多いのではなかろうか。 実は、私もこの本を読むまでは、まったく知らなかった。
なにしろ、駅ナカの小型店舗や郊外の大型店舗を含めて、全国で 130店舗程度を展開しているらしいのだが、同社のネット上で表示されている店舗数は117店舗しかない。
しかも73%に当る 85店舗が世田谷・成城を中心とする東京と横浜に集中。 埼玉6、千葉4で、茨城・栃木・山梨が各1店舗。 大阪・兵庫・京都・奈良で 16店舗。 愛知・静岡・岐阜でも13店舗しかない。 それ以外はネット上では北海道、東北、北陸、中国、四国、九州を含めて店舗数が0の県ばかり。
東京に長く住んでいる私ですら、スーパー・成城石井は 知らなかったのだから、店舗のない地方の方が知らなくて当然。 それでなくてく、スーパーなどはどこにでもあり、不便を感じていない人が多いと思う。
だが、この著書を読んで、同店で買物をしたいと思い、どこに店舗があるかを調べた。 そしたら小平市には店舗がないことが判明。 一番近いのは、JR小金井駅南口2分と書いてあった。 前原坂上までの間に位置するセレオ・ビルの1階らしい。 電話して道路の右か左かを聞いた。「右だ」 というので、簡単に見つかると思って出掛けたが、それらしいスーパーは見当らない。
そこで、自転車に乗ろうとしているおばさんに、「この近くにスーパー・成城石井があると聞いてきたのですが‥‥」 と訊ねてみた。
「それだったら、駅前。 あのビルの1階!」 と言うではないか。
JR小金井駅の南口が再開発されて、セブンイレブンをはじめ 多くの店がオープンしたことは知っている。 私もいくつかのビルへ入っている。 南口駅前ビルにも、食事をするために 何度か入っていた。 エスカレーターで2階へ直行していたので、1階が成城石井の店だとは気付いていなかった。 買物をした帰りに良く見たら、外側から 「スーパー・成城石井」 の看板が、かろうじて見ることが出来た。

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そんな次第で、一昨日と昨日の2日間、初めて同店で買物をして、品揃えなどを確かめてきたという次第。 買ったのは2日間で5000円余で、この程度では同店の魅力を語る資格はない。
著者の妻やその友達の話を要約すると、次のようになる。
「成城石井でお肉を買っていると、もう他所のお店の肉は買えない。 そもそも子どもたちが成城石井のお肉以外は食べてくれない」
「ちょっと変わったものがたべたいな! おいしい調味料や食材が欲しいな! と思ったら必ず成城石井へ行く。 そうすれば、間違いなく何か面白いものが手に入る」
「総菜のレベルが他のスーパーとまるで違う。 置いてあるものも違うし、味もびっくりするくらい本格的」
「ともかくレジが早い。 ほとんど並ばなくてすむ。 店の人が袋へいれてくれるのが叮嚀で、ものすごく上手」
「サービスのレベルが違う。 感じか良いし、何でも聞けばすぐに教えてくれる。 従業員が丁寧だし、商品に詳しい。 主人のワインは、この店でしか買えない」
ともかく、並のファンでなく、熱狂的なファンを無数に持っているらしい。

私か師と仰いだのは、日本人では下村治氏と渥美俊一氏。
下村治氏 (1910~1989年) は、ご存知の通り1960年に池田勇人首相が発表した 「所得倍増計画」 を、影で演出した経済人。 氏は 「現在の日本の企業や資本家はそんなに金を持っていない。 しかし優秀な人材は腐るほどいるのだから、環境を活かして、イノベーションさえ正しく行えば 10年間で国民所得を26兆円に倍増出来る」 と考え 「所得倍増計画」 を推進。

一方、渥美俊一氏 (1926~2010年) は、新聞記者時代にアメリカの流通業界に勃興した新潮流を勉強して、日本にチェーン・ストアと言う、5年刊で 売上100倍目標の新しい産業を起こして大手の有力企業のほとんどと小売業やフード・サービス業者を育て上げた。
私は渥美俊一氏の言う 新しいプロの商品開発の達人・マーチャンダイザーや、計数に明るいコントローラー、若手教育担当のエデュケーター、スーパーバイザーというプロを育て、5年間で住宅を含めた小売価格を半分にしなければならないという理論には深い感銘を受けた。 そして、渥美氏から、「貴方がたがモタモタしていると、私の仲間のチェーン・ストア仲間が 地域の住宅市場を奪いますよ」 との挑戦状を受けていた。
しかし私は、アメリカの地場の生産性の高いビルダー業界の実態を把握していた。 アメリカの地場ビルダーは 造船業界に学んで、早くからIE (インダーストリアル・エンジニアリング) 理論を 完全にマスターしていた。 また、共有地を30%以上と大きくとる 「オープンスペース・コミュニティ造り」 の達人でもあった。
したがって、彼らはアメリカ生まれのグローバルなハゲタカ資本主義は、基本的に 怖いとは感じていなかった。 これに倣って私が指導していたのは、地域密着型の地場ビルダー資本主義。
地域のコミユニテイを尊重して、大規模な投資よりも地域の交流を大切にする企業。 人を使い捨てにするのではなく、利益を従業員や地域住民に幅広く還元する。 そして、私益より公益を優先させ、儲からなくても 撤退しない地場ビルダーの育成で、渥美氏には絶対に負けないという自負を持っていた。
しかし地場ビルダーの育成という仕事は、私の指導力不足ということもあって思うように進まなかったのは事実。

そしてこの著書で、渥美氏よりも 「消費者主導主義者」 で、アメリカの理論を上回る 消費者の支持によって店を大繁栄させていた成城石井の存在を知り、大衝撃を受けた。
同社は1927年、成城駅前の果物店として発足。 1976年から成城石井として高級食品のスーパーとしてチェーン展開。 しかし、2004年焼肉・牛角やampmでお馴染みのレックス・ホールデングの傘下に入ってしまった。 それまでは15年かかって店舗を何とか30店にまで拡げてきたが、いきなり 「3年間で100店舗にまで拡大するように」 と、レックス社から命令された。
今までは顧客のことを考えて、真剣に商品開発に取組んできたのに、新会社では 商品開発のことはそっちのけで、話はもっぱら新店舗のことばかり。 このため、あっという間にお客が離れて、業績は急激に下降。 そして成城石井の本社も、レックス本社の高級ビルの近くへ移転。 困ったのは高い家賃だけではない。 何よりも店舗が近くにないため、現場が把握出来ない。

こうした最悪条件を改善するため、新社長として2007年に派遣されたのがイトーヨーカ堂で構造改革を成功に導いた大久保氏。 氏は、「こんな良い商品があるのに、どうしてもっと売込まないのか。 POPを替えて試食販売を やって見よう」 と励ましてくれ、現在社員が必ず身につけている 「成城石井BASIC」 という24頁の小冊子を作るとともに、営業本部長に商品開発の課長だった原氏を抜擢し、それと同時に本社を横浜へ再移転して社長室なくしてくれた。
この大久保氏は 3年間で飛躍のきっかけをつくり、後任の社長に原氏を推挙した。 そして 2011年にレックス社が降りて、現在の最大の株主はローソンになっている。
2015年10月時点で、同社の社員は4255人で、資本金は52.5億円。 店舗数は2015年5月の時点で125店舗。 2014年12月の時点の年商は630億円とか。 これは同社の正式な発表ではなく、ネット上での推定数字。

ともかく、2004~2011年までの7年間におよぶレックス社による買収劇の衝撃は、同社に関係するすべての人にとって相当な衝撃だった。 そして、この衝撃があったからこそ、成城石井の価値とは何か、を改めて見直す好機になった。
レックス社が持ち込んだ覆面調査も、大久保氏の 「成城石井BASIC」 もきちんと残っている。
「これこそ、成城石井の最大の特徴。 仕入れでも、仕組みでも、何か良いものがあるとどんどん吸収して、自分達で変化させて自分達の形にしてしまう。 これは、昔から成城石井が得意としてきたことです」 とは、原社長の弁。

この本を読んで、成城石井は 「食」 にこだわった店だということが、良く分かった。
「おいしいものを仕入れて、手ごろな価格で提供する」 のが信条。
そのために、店舗が1つしかない時から 自社のバイヤーが世界を飛び回って商品探しをやっている。 現在は 「東京ヨーロッパ貿易」 という専属の子会社を持っていて、独自の仕入れを行っている。 したがって、成城石井にしかない、クォリティの高い商品が多くある。
その代表はワイン。 どの商社もスーパーも、ワインは船便で輸入している。 このため 赤道直下を通る時に、すべてのワインの味が変質する。 たしかに、ヨーロッパで飲むフランスワインにしても、イタリアワイン、オーストリアワイン、ドイツワインにしても日本国内で飲むよりも はるかにうまい。 これは、赤道直下で蒸れないため。
成城石井では、リーファー・コンテナとい低温で直輸入している。 したがってうまい。
同じようにチーズや生ハム、バターなども輸入される。 このため、輸入商材は 3割にもおよんでいるという。
もう1つ、他のスーパーと大きく異なる点は、各スーパーはバックヤードで加工している。主に揚げ物を中心に加工して店先に並べられるが、成城石井の場合は6店舗の時から、バックヤードではなく、セントラル・キッチンを持っている。
そのセントラル・キッチンを支配しているのは、一流の料理店のシェフをスカウトして 味などを一任している。 これだと、惣菜などは不味いわけがない。「どんなにリキんでも、成城石井の惣菜には勝てない」 と言われる秘密はここにある。

さて、私はヨーロッパの料理は、それほど素晴らしいとか、おいしいと唸ったことはない。
ワインよりも焼酎派であるし、胃や口よりも腸を重視する人間。
したがって、肉や牛乳、バターなど腸に悪い食物よりも、納豆、ヨーグルト、バナナ、海草類や漬物などが好物。 また、ガンに良いと言われているニンニクなどの野菜類が大好き。
このため、初日は納豆巻きと味のついていないヨーグルトと黒焼酎と塩のかかっていないカッシュナッツとくるみを買った。 正直言って、それぞれに大変においしかった。
このため、翌日はチーズケーキと、豚肉の切り落とし、納豆などを買った。 納豆は粒が大きく、量も少なくて感心しなかったが、チーズケーキには さすがにプロだと唸らせるだけのおいしさがあった。
しかし、これからも通い続けるかと聞かれると、返答に困る。
時には寄り道をするのも良いだろうが、私の理想とする店だとは必ずしも言えないからだ‥‥。




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2016年05月25日

爆買いは台湾では恒例行事。何故中国本土まで拡大したのか?


鄭 世彬著「爆買いの正体」(飛鳥新社 1296円+税)

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著者の鄭世彬 (チェン・スウビン) 氏は1980年に台湾・台南市生まれというから36歳と若い。
日本では2015年から中国人旅行者の 「爆買い」 が大きな話題として新聞、テレビなどを賑わせてきている。 
日本を訪問した外国人は 2014年には1341万人で、一番訪日人が多いのは人口が一番少ない台湾で283万人、次いで韓国が276万人、中国が241万人、香港が約93万人。その他が448万人。 華人が何と46%を占めている。
これが2015年には訪日客が47.2%も増えて、1974万人に。
内訳は中国499万人と倍増し、韓国も400万人と45%の増、台湾も30%増の386万人、香港も63%増の 152万人、その他が 537万人。 華人の比率は約53%へと急増。
中国は人口1兆3000億人の国だから、500万人と言っても0.4に過ぎないが、人口2350万人の台湾にとっては386万人というのは16.4%にもなる。 毎年これだけも多くの台湾人が 日本を訪れているとは知らなかった。
なかでも、中国、台湾、香港など華人による 「まとめ買い」 が多く、日本経済全体に 大きな影響を及ぼしてきている。 このため、「爆買い」 として騒がれるようになってきた。

台湾の百貨店などでは、日本のように 季節ごとにバーゲン・セールを行う習慣がなく、年に1度だけ10~12月にかけて 「周年慶」 と呼ばれる歳末大バーゲンが開かれている。
提供されるのは衣料品だけではなく、家電、日用品、食材のすべての商品を網羅した “お祭り” だという。
このお祭りの時は、すべての商品が3~6割でデスカウントされる。
したがって、台湾のすべての家庭では 「この好機を逃がしてはならじ」 と、半年分から 1年分をまとめ買いするのが常識。
当然、テレビなどでその賑わいが放映されるので、国民的な関心が集まり、30~50代の女性を中心に、あらゆる層が買物に走るらしい。

中国のことわざに、「防範未然」 という言葉がある。
これは 「あとで困らないように、事前に備えておく」 という意味。
何しろ中国では、2000年以上も前の昔から、王朝が変わる度に社会が混乱したり、多くの自然災害に見舞われてきた。 したがって一般庶民の間で、食料品や生活必需品を 買いだめしておくというのは必然的な自衛策。
「買える物は、買えるうちに買っておく」 と言う鉄則が生まれてきた。
台湾では、爆買いは珍しいものでも何でもなく、毎年繰り返される恒例行事。
台湾のテレビ報道によると、2015年の 「新光三越」 の台湾国内の主要6店舗の 「周年慶」の初日の総売上高が56億円 (14億台湾元) だったという。 台湾人の平均収入は日本の1/3ということを考えると、すごい数値だと分かる。 まさに爆買い。

しかし、台湾はいつもバーゲンをやっているわけではない。
その点、日本は台湾に比べると、いいものは ほとんど安い。 とくに日本産のクスリや化粧品は台湾の半額近いという。
たとえは、参天製薬の目薬 「サンテFX」。 
台湾では入手出来る価格は1050円 (300台湾元) 程度。 もっとも 関税や営業税 (日本の消費税) に加えて販売業者の経費やマージンも加わるのだから この価格は当然。 最近はそうでもなくなってきたが、ここ数年来の円安で驚くほど日本製品は安かった。
日本のドラックストアなら、おそらく 300円台で入手出来たであろう。
台湾人にとって、日本は 「毎日がバーゲンセールを行っている国」 に見えたとしても、不思議ではない。

それと、台湾で日本のお土産として嵩張らず、値段も手ごろだとして喜ばれているのがクスリや化粧・美容・健康などの商品。
華人というのは、「面子」 を人一倍重んずる国。 旅行に行ったとなると、誰もがお土産を期待する。 とくに日本への旅行となると30~50万円のお土産を買込むのが当り前。
漢方の考えに 「有病治病、無病強身」 というのがある。 これは、漢方は 病気の時は病気を治し、病気でない時は身体を丈夫にする、という考えに基づいている。 台湾では 薬膳料理が盛んで、豊富。
日本の感覚と異なり、健康な時にも漢方薬を口にする。
つまり、鍋料理の中にも漢方薬を入れる習慣のある台湾では、日本のクスリは、お土産として最適で、日常的に使われていると考えて良い。
それと、台湾の人が日本へ行くと聞くと、必ず友達や知り合いからクスリ・化粧・美容・健康商品を買って来るように依頼される。
このほか、利ザヤを稼ぐために、日本から商品を購入する業者も多い。 これ等が重なって、かなり前から台湾人による日本でのまとめ買いは行われていた。

そもそも 「爆買い」 の動機になったのは、著者が台湾人のために 2012年に発行した 「東京のクスリと化粧品に関する購入マップ」。 
この著書は、外用クスリ編と内用クスリ編の上下2冊からなっている。 この本は、日本語が話せても読めない多くの台湾女性を中心に人気を博して、人口が日本の1/5に過ぎない台湾で1万部も売れたというベストセラー。
そして、翌年中国の出版社から、「版権を買いたい」 との問合せがあった。 「何故か‥‥」と著者が聞いたら、中国でも 日本のドラッグストアに対する関心は高い。 しかし、中国人が書いたものだと誰も信用してくれない。 台湾人の貴君が書いたものだと 者は安心して内容を信頼してくれる」 と言われた。
しかし、中国では海外の書籍を出版する場合は、一文字一文字をチェックするため、やたらに時間がかかり、出版されたのは2014年になってから。 しかも、基本的な構成は踏襲されていたが、表紙のデザインや著者の略歴が勝手に書換えられていて、それはひどい内容に変身させられていたという。
そして中国のことだから、当然のことながら 「海賊版」 が出回り、また中国のネットでの日本のクスリを 「神薬」 と紹介する記事が氾濫して、2015年の中国人による日本のドラックストアでの 「爆買い運動」 になっていった。

そして、台湾では炊飯器はとっくに買っていたし、まとめ買いは主にクスリ・化粧・美容・健康に限られたが、中国人の爆買いには日本製の電気炊飯器や温水洗浄便座が含まれている。
これに対して、著者は 「中国人に炊飯器が人気があるのは、内釜の材質と 付帯設備が優れていてコメがおいしく炊けると口コミで拡がったこと。 また 椎名誠氏などが明らかにしたように、中国の共同トイレは仕切りがなく、プライバシーが確保されていない。 その上 あまりにも汚く、トイレコンプレックスに悩まされているせいだ」 と断定している。
たしかに、貧富の差が激しい中国の公共のトイレは 汚なさすぎる。 このため、せめて我が家だけでも綺麗にしたい、という焦燥感は分からぬでもない。
だが、日本の一部の識者が言うように、「中国は経済成長が鈍化しているので、爆買いは間もなく終わろう」 という見解には、著者は反対している。
たしかに、円安の環境は急速に変わってきている。 けれども、台湾や中国の華人の 「まとめ買い」 の伝統は、急に変えられるものではない。 形は変わっても、華人による 「爆買い」 の伝統は今後も続くと読んでいるようだ。

評論家の中村正人氏が指摘するように、筆者はマーケティングとかコンサルティング畑の人間ではない。 どちらかというと、作家性を持った人間。 したがって第1章は面白いが、第2章以下はあまりに参考にならない。
それにしても、爆買いの裏話を正しく伝えてくれていて、大変参考になる。 たが これからのことは、筆者に任せるのではなく、日本人が責任をもって考えるべき。
筆者の指摘にある通り、日本のドラッグストアそのものが、中国人などの採用でサービスが大きく変質してきていることを、日本人はもっと理解すべきであろう。


posted by uno2016 at 07:03| Comment(0) | 書評(その他) | 更新情報をチェックする

2016年05月20日

大規模災害時の危機管理体制は、どこまで進んでいるか?


鈴木哲夫著「期限切れのおにぎり」(近代消防社 1500円+税)

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何の気なしに手に取った本。 
東京直下型地震が起こったら、一体どんなことになるのかと考えさせられた。 いや、東京だけではない。 現に熊本は震度7の直下型地震に2度も襲われている。
そして、これはなにも熊本に限った現象ではない。 四国でも、中国地方や近畿、北陸、中部、関東、東北、北海道でも 地震国日本では、どこでも熊本なみの被害が起こり得ると考えるべきなのだろう。 そして、消防所や自衛隊だけではなく、地方の自治体が自由に対処出来るるように法体系を整備するだけでなく、予算的にも対応できるようにしてゆかねばならない。
筆者は、2011年の東日本大災害だけではなく、阪神淡路や中越地震のトップ10人から いろんな意見を聞き出していて、非常に参考になる。
それらの全てを紹介したいのだが、紙面の関係上全員の意見を紹介することは出来ない。 その中でも代表的な3氏に絞って、ポイントになる話題を紹介したい。

●東日本大震災で、消防団員の234人が殉職者   久保信保元消防庁長官
消防は、東京都をはじめ各市町村長の管理下に置かれている。 予算も各自治体によって措置、運営されている。 阪神淡路大震災の折に、これでは緊急時には国の統一したラインのもとでの消防活動が出来ないことが分かり、緊急消防援助隊が出来た。
しかし、国の予算は200億円に過ぎず、大部分の1兆9000億円の地方自治体にオンブしている。 指揮命令系統も、また任命権も各自治体の長にある。 緊急消防援助隊といっても、予算措置や命令系統がハッキリしない。 その中で、東京都をはじめ地方自治体が積極的に協力して頂いたので、何とか東日本大災害は乗越えられた。
しかし、消防というのは、災害が起きた時に10人がいたら、全員が第一線で戦う という仕事振りを求められている。 軍隊なら半分は前線だが、残りの半分は後方支援。 このため 東北大震災では234名も殉職者を出したのが消防団員。 何しろ、原発まで仕事が回ってきた。
原発というのは、東電などの手に負えるものではない。 本来は 次の2つのことが、守られるべきだと思う。
1つは、国の組織として 『特殊消防隊』 と言うような新組織を作ること。 もう1つは、もし現在の形で行うとしたら、原発など国家事業に取組む消防団員を、国家公務員の資格者にすること。
でないと、あとあとの放射能治療が、うまくいっていない。 この2つが絶対の条件だと思うが、のどもと過ぎれば何とかで、いまだに未整備。 これは大変に残念なこと。
さらに、東京直下型地震が発生した場合は、倒壊した瓦礫などで車で被災地に近付けない。 どうしても、ヘリコプターで 『空』 を使うしかない。 そうなれば ヘリが圧倒的に足りない。 予算的な処理も問題だが、自衛隊との話合いを早急に行う必要がある。
それよりも必要なのは、住民の意識改革。 「自分の命は、自分で守る」 という自主防衛意識。
隣近所と一緒になり、自らを自分を守ろうとする意識と行動。 現在、全国に15万を超える自主防災組織があるが、多くの住人はその組織の実態を知っていないと思う。
消防に出来ることは、そうした 自主的な防災組織との連絡を密にとって、避難場所の再確認と再選定を行うこと。

熊本の例を見ても、法整備が遅れていることが納得出来る。
と同時に、直下型の地震対策として、地場の自主的な防災組織の必要性が再確認させられた。 私は今まで個々の住宅の地震対策や防火対策のみに力点を置いてきた。 地場ビルダーとしては当然耐震性や防火性に力を入れるべきだが、地域の自主的な防災組織にも 注力を注ぐべきだということが骨身に染みた。 そういった主張に沿った運動を、これからやって行くべきだろう。

●原発では、中央の司令塔を一本化出来なかった   先崎 一自衛隊初代統合幕僚長
陸海空の統合幕僚を作る準備をしている時、スマトラの地震が起こった。 このため、陸海空の部隊が初めて統合組織で情報を共有して、スマトラ災害支援活動が出来た。 この経験があったので東日本大震災の際でも、統合組織で連携して地元の人々から歓迎を受けて 災害支援をキチンと行い、機能を果たせた。
やはり何と言っても大きかったのは、スマトラも東日本大震災の場合も、アメリカ軍と 共同で仕事をやったことだと思う。 アメリカは世界を 5つに分けてそれぞれのエリアも災害に対応している。 スマトラの時は、沖縄の司令官がトップに立って、空母などを含めて 1万数千人を指揮下に入れ、情報も一元化して災害に当った。 日本の統合組織もその情報を共有。
今回の東日本大震災の場合は、横田基地内にアメリカ軍のスタッフが 200~300が入って、有事の展開部隊を作ってくれた。 このオペレーションの名は「ともだち」と名付けられ、日米で全ての情報を共有し、順即に対応が出来た。
それと、初動は素晴らしかった。 これは、阪神淡路や中越地震での教訓が活かされたせいだと思う。 具体的には、毎年東北地方の自治体と自衛隊が 一緒になって訓練をやってきた。 この訓練の中で自衛隊の仕事の内容を理解され、お互いに信頼関係が築かれてきたことが大きい。
自衛隊の派遣要請は知事が行う。 岩手県の場合は 6分後だったと聞いているし、宮城県の場合は16分後だったと聞いている。 信頼関係があったからだ と思う。
それと、これはあまり知られていないことだが、各県庁には自衛隊のOBが 防災担当官として出向している。 その仕組みがあったので、パイプ役のOBが 「自衛隊をどう活用したらよいか」 について、貴重なアドバイスが出来たことも大きかった。 地方自治体と一体になって災害に対応できるという形が、出来上がってきた証左だと言えよう。
自衛隊員は10万人近くいるが、防衛警備、国際協力、PKOなどもあって、現場へ投入出来るのはせいぜい50%近くでしかない。 具体的な仕事としては人命救助、遺体の捜索、避難所への給水・食料の供給、仮設の風呂、衛生・医療の支援、道路・橋梁の建設など。
胸まで水に浸かり、水中で瓦礫と戦いながら日に平均80遺体を収容していた。 遺体の中には幼い子供も多い。 このため若い隊員はショックを受け、ギリギリの精神状態になるが交代要員もいない。 隊員のメンタルヘルスをどうするかが大問題に。

それよりも問題になったのは、原発に対して 国家として自衛隊が何をすべきかが明確でなかったことが最後まで影響した。 自衛隊の中には 化学防護の専門部隊がある。 この専門部隊でやってきたのは、検知、住民の避難誘導、放水、放射能の測定と除染。 専門部隊が表に出たので、中央の司令部が最後まで一本化が出来なかった。
原発のために 自衛隊が一元的にコントロール出来なかったことが、最大の課題として残された。

●賞味期限切れのおにぎりをどうするか   森 民夫長岡市長
ご案内の通り、長岡市は2004年の中越地震で 壊滅的な被害に遭っている。 その時のお礼も兼ねて、東日本大震災の折には、黙って1000人の原爆被災者を受入れている。
1000人中には、最高97歳という人もおれば、車イスの人も、妊娠9ヶ月という妊婦も いる。 こんな人を一つの体育館に過ごさせるわけにはゆかない。 長岡市は、体育館での避難で貴重な経験を持っている。 幼い子が夜泣をするので、母親は周囲に気を使ってストレスが溜まって倒れた前例や、着替えが出来ない女性や授乳などにも対応してきた実績がある。
1000人を受入れる細部対策も、おろそかには考えていなかった。
また、個人から支援を全部断った。
全国の良心のある人々が、一つの箱にトイレットペーパーから肌着、離乳食まで入れて送ってくる。 それを分類するだけの職員がいない。 手が足りないので何万箱も 倉庫に保管されたまま。 したがって、森市長は勇気をもって個人の支援を断った。
個人から個人へ送るのには問題がない。 どうしても、役場へ送りたいと考える人は、地元の役場で分類して貰って、送るようにして欲しいというのが、被災地の実態。 それを知ってもらうために、敢えて個人支援を全面的に断った。

それと、避難所でいつも悩まされるのが食中毒。
困っているからと、いろんな食料品が次から次へと届けられる。
しかし、夕方届いたものは、その夜のうちに全部に配れる訳がない。 長岡市の場合は 125ヶ所に配らねばならない。 その日の夜に配れるものと考えて、わざわざ「真空パック入りの温かいおにぎり」 が送られてきた。 翌日まで持たないと判断した市長は、全部を廃棄処理にした。
それを、「善意が廃棄処理された」 とジャーナリストが書立てたことがある。
もし、集団食中毒事件が起こったら、それこそジャーナリストの好餌どなっていたろう。
また、行政は常に 「公平性」 が一番大事。 不公平性は出来るだけ慎まなければならない。
しかし、非常時には 「公平性を無視してもよい」 と言うのが長岡市長の持論。
非常時に、公平にやろうとすると、やたらに時間がかかって、対策が取れなくなってしまう。
例えば、ある避難所で問題が起きたと仮定する。 解決するために即時に職員を派遣したりすると「なぜ、あの避難所だけを特別扱いするのか‥‥」 との批判が出てくる。 今 直面している問題解決のためには、リーダーの責任で不公平になることも選択しなければならない」。 つまり、批判を覚悟して、「不公平」 を実行する判断がトップに求められる。
そういった非日常的から遊離した判断を下せないと、何も進められないことになってしまう。


posted by uno2016 at 07:21| Comment(0) | 書評(その他) | 更新情報をチェックする
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