2016年05月18日

16キロの太陽発電を搭載したマイスターハウスの宿泊体験棟。



マイスターハウスの宿泊体験棟。

マイスタ外観.JPG

1年余前に、案内してもらった。 しかし、その時は工事中であり、屋根も工事中でブルーシートが架けられたいて、太陽光発電パネルを搭載するために片流屋根だということすら分かっていなかった。
山口社長の口振りから推測して、施主の住宅を借上げてモデルハウスとして活用しているのだとばかり思っていた。 しかし、これはどこまでも私の勝手な思い違い。 実際には、土地も建物もマイスターハウスの所有物件。
そして、5年間程度は宿泊体験棟として活用し、ある程度のメドがついた 段階で、土地込みでの販売を考えているらしい。
今まで、宿泊体験をして頂いたほとんどの家族から契約を頂いているというから、「お見事」 と言うしかない。
同社の前橋のツーバイフォー住宅展示場は、築27年と言う住宅会社のモデルハウスとしては考えられない長寿を誇っている。
私の経験は、もっぱらバブル時代だったということもあって、モデルハウスの寿命は5~8年程度と考えていた。 長くて10年間。 でないと、内容が古くなって 建替えるのが常識。 27年と言う長寿命のモデルなどは、見たことも 聞いたこともない。 しかし、現実に部分的に手直しが行われたにしても、27年も展示場として美しく機能しているのだから恐れいる。
したがって、築5年だと新品同様に売れるであろう。

このモデルハウス。 まず屋根が、写真のように片流であることに驚かされた。
片流れと言うことは、当然太陽光発電パネルが搭載されているはず。 それも、せいぜい 5~8キロワット程度と考え、たいしたことはないと考えていた。

タイル.JPG

それよりも注目されたのが外壁の細いタイル。 普通のタイルの半分以下の小ささ。
しかも、コーナー部分には 角型のコーナー・タイルが使われていない。
「コーナー・タイルを使うと、折れる心配があるから使っていない」 との説明。
簡単に言うけれども、これはそんなに簡単な仕事ではない。
コーナー・タイルを使わずに仕上げている現場はアメリカでもヨーロッパでもお目にかかったことがなく、初めて目撃したもの。

太陽光15.JPG

そして、屋根に乗っかっている太陽光発電パネル。
何と16キロワットも搭載していると言うから、驚いた。
今から、2年前に建てた住宅。 したがって、買上価格は 30数円以上と高い。 しかも、有効期間は20年のはず。
ということは、5年後に入手したしても、14年間程度は高く買上げてもらえる。
「毎月、5万円の収入がある。 ということは、年間60万円が見込める。 使う電気代は 多くて年間30万円程度。 年間約30万円の収入のある住宅だと言える」 と、気負いなく断定。
「大手住宅メーカーや国交省などの役所は、ゼロ・エネルギーハウスなどと騒立てているが、要は太陽光発電パネルをどれだけ搭載するか を競っているだけ。 決して、省エネハウスをどう作くろうとか、あるいは断熱・気密性能を如何にして向上させよう とは考えていない」 とは、山口社長の弁。
さも、ありなんと同意してしまう。
「足利のエンジニアのお宅で、施主の特別な願いで 特別にQ値の高い住宅を建てたことがある。 施主の希望により、どんなことでも可能」 とは、心強い。

この体験住宅。 毎日使うほどお客が多い訳ではない。
このため、普段は暖冷房設備は切ったまま。 そのモデルハウスに 外気温度が26℃を超える真夏日に訪ねた。 当然、家の中は 「暑くてたまらないはず‥‥」 と考えていた。
ところが、家の中はカーテンが締められていたこともあり、「冷房運転を行っていたのではないか」 というほど涼しくて、文句なく快適。
玄関のドアを開けると、吹抜けの居間とダイニング・キッチンがある。 そして、居間からは2階へ上がる階段室が‥‥。
「真冬でも、吹抜空間の上下の温度差は 1℃しかなかった」 と言うのが事実だとしたら、Q値は0.8W程度、C値は 0.2c㎡/㎡という快適住宅。 ただし、1階の一部が車庫になっているために、Q値は限りなく0.9Wに近いらしい。 また、この体験棟が建てられた時期には トリプルサッシが普及しておらず、サッシの性能の悪さがQ値に影響を与えている。
206の外壁に充填断熱 + KMブラケット60ミリを使った ロックウールの外断熱。 サッシはプラスチックのペアのLow-E。 つまり、Sa邸と同じ仕様と考えてよいようだ。 ただ、Sa邸は デシカの除加湿装置が装備されている分だけ、快適性能が良いはず。
ただし、訪れた5月13日は、相対湿度も適宜で、快適性は最高に近かった。
それにしても、同社のデザイン力にはいつものことながら、脱帽。

このサッシを見れば、外壁の厚さか理解出来よう。
206材+外断熱ではなく、206材だけでQ値が0.7Wを切れる日が近付くことを祈念したい。

サッシ.JPG

これは、2階の回り階段室。

階段.JPG

寝室.JPG

2階には子ども室と全員が宿泊出来るようなに、6帖のタタミ室と6帖の板の間を備えた 大きな寝室がある。
もちろん、浴室・洗面・トイレもついている。
ただし、アメリカのように本格的なドライウォール工法が採用されている訳ではない。
つまり、天井面が吹付仕上げではなく、壁も塗壁仕上げではない。 全体にクロス仕上げ。 その点だけが引っかかるが、しかしアメリカにはない繊細さと工夫によって、フラットな天井・壁仕上げをしている点が大きく買える。
私は、ことのほか同社を高く買っている。 それは、アメリカの現場では絶対に見られない創意工夫が、随所になされているから‥‥。
ご存知のように、私はツーバイフォーを 北米並の率直な形で日本へ導入するために、2ヶ月近くも朝から晩までアメリカの現場に張り着いて、大工さんだけではなく、監督やあらゆる職種の仕事振りを綿密に調べた。
その結果、日本の現場では絶対に見られない生産性の高さと、真面目な仕事振りに圧倒。
それを知らしめるために、私は何千人の現場の人々に働きかけてきたつもり。
そして、藤和やハーティホームこそ、最高の現場力を持っていると自負してきた。

その私がハーティホームを辞めて、マイスターハウスの現場を見た時、アメリカで得た以上の興奮を覚えた。 それは、アメリカの現場以上に マイスターハウスの現場から学ぶべきモノがあったから‥‥。
以来、私はマイスターハウスの現場をアメリカ並みか、場合によってはアメリカ以上に高く評価している。
どこでも、現場改善のカギは現場に転がっている。
そのことを教えてくれたのが、マイスターハウスの現場。
私は、マイスターハウスが、本格的にドライウォール工法を 採用することを祈念している。 しかし、仮に同社がドライウォール工法を採用しなくても、同社の現場改善の試みはホンモノだと信じている。

そうでなかったら、27年間も前橋モデルを使い続けることは、不可能だから‥‥。


posted by uno2016 at 19:12| Comment(0) | 技術・商品情報 | 更新情報をチェックする

2016年05月10日

JAL (日本航空) の再建を巡って奮闘するお馴染の半沢直樹 !



池井戸潤著「銀翼のイカロス」(ダイアモンド社 1500円+税)

銀翼.JPG

東京中央銀行営業2部の次長・半沢直樹氏を主人公にした 「半沢直樹シリーズ」 は、2年前のTBS系テレビ 日曜劇場で放映済みのもの。 第1弾の 「オレたち バブル入社組」、 第2弾の 「オレたち花のバブル組」、 第3弾の 「ロスジェネの逆襲」 の3冊は読んでいた。 ところが 第4弾となった2014年の作品 「銀翼のイカロス」 は、連載中の週刊ダイヤモンドをふくめて 読んではいなかった。 全くもって反省ごと。
新刊の小説の中には、なかなか面白いものが見当らない。
やむを得ず古い作品を漁っていたら、幸田真音の 「ランウェイ」 (上)(下) と 「スケープゴート」 と、この作品の4点を発掘することが出来た。 個人としての情報収集の限界を示している好例と言って良かろう。 ともかく私個人としては、資料を集めることと、集めたものを読破することに、限界を感じている。
イカロスというのは、ギリシア神話に出てくる話。 
ミスノ王によって牢獄に繋がれた父と子。 人工翼を作って脱獄するのだが、父親の忠告を無視した子の操縦士が、太陽に接近し過ぎて翼が溶けてしまい、エーゲ海に墜落してしまう物語。

しかし、この物語では主人公が墜落するどころか、最後まで主張を貫いて生きている。
当時の民主党は 「殿様商売をしていて、再三問題を起しているJALではあるが、ここは 銀行に泣いて貰って債権を放棄してもらう以外には救済の道がない」 という党の方針に従い、新任された国交省の女性大臣は 法的根拠がないのに 「タスクフォース」 を設立し、及原弁護士をリーダーに据えた。 
ここから、この小説はスタートしている。
一方、JALを根本的に救うには、「今までの開銀の動きに同調している融資部を窓口にしていたのではラチが明かない」 と判断したのが、東京中央銀行の中野頭取。
なんと窓口を営業第二部へ移し、JAL問題を 半沢直樹次長の支配下に置いた。 置かれて迷惑をしたのは半沢次長。 前政権下で 東京中央銀行が500億円にも及ぶ債務放棄をしなくても、なんとか 大幅のリストラによるコストカットで、JALが自力で再スタートが出来る絵を書いて、これを公的に認知させた。
そこへ、登壇したのが民主党の新政府。
JALは、その高額収入にふんぞり返っている企業体質にメスを入れることなく、いたずらに前政権のあげ足取りが目的。 赤字路線を改善することなく、「国民のため」 と言う 欺瞞的な言動で民主党案の強行突破を図った。

最初に開かれたタスクフォースの会議で、その設立の法的根拠を 半沢から指摘された女性国交省大臣は、まともに答えられず、「JALの社会的な存在意義を力説して、民間銀行が債務放棄に協力するのは当然のこと」 と一方的にまくし立てた。
これに対して、半沢は 「冗談ではない。500億円もあったら、どれだけの中小企業を 救えることかを考えて頂きたい。 JALという半官半民の企業が、自らのリストラで 問題を解決しょうと考えて、広く国民の支持を得ている。 それなのに、一方的に銀行側だけに債務を放棄せよと言われることには、スジが通らない」 と反論。
もちろん、民主党側から明快な回答は得られなかった。
私は、単なるアンチ民主党論者ではない。 議論すべきところは正しく議論し、銀行側に問題点があるなら、堂々と主張すべき。 しかし、JAl問題では、銀行側でなくJAL側により問題点が多かったのは事実。 したがって、一方的に銀行側を責めることには、当時から納得出来かねた。

一方、タスクフォースのリーダーに選ばれた及原には、開銀と共に東京中央銀行に債権500億円を放棄させる自信があった。
というのは、かつて小沢一郎と思わせる政治家への不正融資・マネーロンダリングに 東京中央銀行の紀本常務が、深く関わっていた事実を知っていたから‥‥。
空港の新設情報を知って、小沢代議士か20億円を投じて空港になる予定土地を買い占めて、巨額の利益を上げていた。 その事実をバラすと紀本常務を脅かせば、500億円の放棄は 拒否できないという目論見。 当然、このタスクフォースを成功させることにより、「弁護士・及原が有名になり、次々と相談がくるようになる」 というのが読みの底に潜んでいた。
同時に、金融庁の検査官にも手を回し、東京中央銀行に対して 査察を行い、「債権放棄に協力しないと、とんでもない事態になるぞ」 との脅かしも仕掛ている。

半沢次長は、紀本常務を通じて無担保に近い形で20億円という融資が、過去に 小沢一郎に行われていたことを発見。 しかし、その融資の詳細を書いたファイルが行方不明。 おかしげなことだと調べたが、どうしても詳細が分からない。
だが、紀本常務の部下が融資担当者になっており、しかもファイルは その部下が管理していたことが判明。 そこで、旧知の検査部・富岡に探ってくれるように依頼。
富岡は、紀本常務が小沢一郎への不正融資・マネーロンダリングに関与していた資料を発見して 半沢次長に報告するとともに、旧知の中野頭取にもその資料を渡している。
この結果、民主党が計画したJAL再生タスクフォースは瓦解に瀕するとともに、小沢は離党し、女性国交省の大臣も辞任することになった。

そして タスクフォース最後の会議に、中野頭取が出席して、「500億円の債権は放棄します」 と
演説するはずであった。
ところが開銀の谷川氏の尽力により、開銀が債権放棄をしないことが明確になり、中野頭取の代理で出席した半沢次長は、声を大にして「東京中央銀行は、一切債権の放棄と言う愚挙は致しません」 と明言した。

その後のJALの再建は、皆さんもご存知の通り。
私は、今更ながら半沢次長のことを褒める気はしない。 
しかしこの解決を機に、紀本常務と共に頭取職を辞職した中野頭取の英断には、心から拍手を送りたい。


posted by uno2016 at 13:01| Comment(0) | 書評(その他) | 更新情報をチェックする

2016年05月05日

「人や子供が、笑顔で集まってくる空間づくり」 とは ?



仙田 満著 「人が集まる建築」 (講談社現代新書 900円+税)

人寄建築.JPG

私は1級建築士に囲まれて仕事をしてきた。
私の周辺には1級建築士様が、常に30人から40人は ゴロゴロしていた。 建設省住宅局や住宅金融支援機構の技術者をはじめとして、民間で 「建築士」 を 「業」 として食べている 諸氏は住宅会社の内外には無数にいた。
ご存知の通り、私は学校で建築学を学んだことはない。 したがって建築士の資格は、なかなか簡単には取れない。
資格がないのに、ツーバイフォー工法という新工法を 日本建築史上で最初にオープン化をさせるには、それなりの勉強と、1級建築士が持っている技術と常識を身につけている必要があった。
日本に無数の1級建築士さんがいる。
だが、誰一人として 北米やオセアニア諸国で100%の普及を見せている、プラットフォーム工法という耐震性の強い床盤工法や、206の通柱で吹抜空間を造るバルーンフレーミング工法を、日本へ紹介しょうとしてこなかった。
それだけではなく、防火性に優れた厚い石膏ボードで天井と壁を包むと言う 「ドライウォール工法」 を日本へ導入して、木質構造の致命的な欠陥である防火性能を、画期的に改善すると言う快挙を成し遂げようとする人材が、一人もいなかった。
自分の 「設計力」 の売込みという些事にかまけて、一番大切な仕事を放棄してきた。
これが 「1級設計士」 という名の、日本の個人主義者群。

よく冗談に、「私は特級建築士だ」 と言ったが、それは満更ウソではない。
というのは、「消費者の意見をよく聞いて プランを作成して、施主の予算枠内に見事に金額を抑えてきたので、契約になる確率がやたらに高かった。 無数に居る本物の設計士に依頼するより、ツーバイフォーのunoに依頼した方が、はるかに 契約が得られる」 ということを全ての営業マンが知っていた。 このためやたらに営業マンに引きまわされることになったが‥‥。
つまり消費者は、ツーバイフォー工法と在来木軸工法のメリットやデメリットは 何一つ知らなくてよい。「unoに任せておけば、耐震性と防火性で卓越したプランが、理想的な価格で得られる」と言うことが知れわたっていった。
とくにアパート建築においては、2階の床に38ミリのシンダーコンクリートを打ってくれるので、防火性だけではなく、2階の遮音性という面でもすぐれていて、クレームが皆無になるだけではなく、「価格はRC造よりも2割も安い」 という実績が知れわたって行き、ツーバイフォー工法 での受注はウナギ登り。
つまり、ツーバイフォー工法を武器に、どんな建築士にも 絶対に負けないという実績を積んでいた。 決して、オープン化に功績があったから、成約率が 高かったのではない。 設計士としての基本である 「施主の希望を100%を守ったから成約率が高かった」 のであり、そんな設計士がごく一部を除いて ほとんどいなくなってきている事実を嘆きたい。

何か、年寄りが昔の手柄話をしているようで、気分が冴えない。
そんな時、偶然にも4人の1級建築士が書いた本が出版された。 個人的に感心しなかった順に著書を並べると、次のようになる。
◎石井大一朗著 「これから面白い建築士の仕事」 (中央経済)
◎五十嵐太郎著 「日本建築入門」 (ちくま新書)
◎倉方俊輔・吉長森子・中村勉編著 「これからの建築士」 (学芸出版)
◎仙田 満著 「人が集まる建築」 (講談社現代新書)
このうち 建築士に関する2冊は、4月13日のネットフォーラム欄で 取上げている。 石井氏のものはコーディネーターとしての成功した自慢話で、それほど面白いものではなかった。 面白いのは4月15日の 「2×4協会が日本で最大の業界団体だった」 のブログ欄でも取上げたNOP法人・チームテンバーライズの11人の発言。 これは一読に値する。
五十嵐氏の 「日本建築入門」 は、資料を丁寧に調べていて 好感は持てるが、それ以上の期待を込めることは出来ない。
これに対して、抜群に面白かったのは、仙田氏の 「人が集まる建築」。
正直なところ、建築士が書いた本では 「血が騒ぐ」 ほどのものは得られないと諦めていた。
ところがこの本には、魂が吸いとられてしまった。

氏は、1968年に26歳の若さで「環境デザイン研究所」を起業している。
最初は、1級建築士の 誰もが考えるように、「自分の作品を作りたい」 との意慾で、菊竹清訓事務所で設計の方法論を学んで起業。 そして、起業するまでの26年間を 第1期と呼んでおり、1994年までの26年間を第2期、そして2020年までの26年間を第3期と呼んでいる。
現時点で74歳だが2020年には78歳になっている勘定。
その間、氏は単なる1級建築事務所ではなく、環境デザイン研究所として研究を重ねてきている。
とくに面白いのは、表紙に書いてあるように 「こどもの研究」 で実績を上げてきていること。
アメリカでは早くから、環境デザインの中心として取上げられてきたのが、「こどもの ための環境デザイン」。
建築はもちろんのこと、都市・造園・遊具・おもちゃなど すべての空間デザイン造りがその中心になっている。 筆者は、最初はモノや空間が主役だと考えていた。 ところが、途中から 主役はどこまでも生きているこどもであり、大人を含めて 人間を社会の中心に据えたデザイでなければと考え、「遊環構造」 と呼称するデザイン手法を開発。
氏が社会的に注目を集めはじめたのは、設立から18年経った 1980年代のことであり、「環境デザインとは社会に貢献するものでなければまったく意味がない」 と自覚したのは、第2期の終わり頃になってから‥‥。 50歳を過ぎてからだったと告白している。
この告白こそ、本著を単に自慢話に終わらせず、「環境デザインの指針」 としての異才を放っている由縁。

この著は、環境デザイン研究所が、発足以来48年間に亘ってデザインしてきた 各種の建築物の内容が、詳しく述べられている。 そのデザインの範囲は多岐に亘っている。 広島市民球場 をはじめとした 各種のスポーツ施設、ショッピングセンター、ドーム、医療施設、図書館、文化会館、科学館、博物館など23施設にも及ぶ。
しかし、その中で光っているのは、著者がこども施設造りのプロ と自称するだけあって、少年自然の家や児童センターや各種の幼保園。 こうした こども関係の環境デザインが7施設と、なんと3割も占めている。
私としては、こども関係の施設に絞って紹介したいところだが、それだと 「環境デザインは、こども関係だけだ」 と捉えられかねない。 これでは この著を紹介する意味が狭まるので、著者の選択にしたがって、①新広島市民球場、 ②ゆうゆうのもり幼保園、 ③秋田の国際教大図書館の3つに絞って、簡単に 「遊環構造」 なるものを 紹介したい。 舌足らずの点は、本著を読んで補管して頂きたい。

新広島市民球場
同氏は2004年に「こどものあそび環境」の講師として広島市へ訪れた。 終わった後で市役所の職員から 「球場を見てほしい」 と頼まれた。 老朽化している球場を建替える構想があり、ついでに専門家の意見を参考に聞きたいというまでのこと。 視察後、「この場所で建替えるとなると、250億円程度の費用がかかりますよ」 と答えただけ。
その後、建替えは無理と分かり、駅から600メートルの場所に新球場が建設されることになり、関わりの関係上コンペへ参加したら、21作品の応募の中の最優秀作品に選ばれた。 新広島球場の7つの遊環構造とは、抽象的だが次のようになる。
①回遊性があり、循環できること。  ②その循環が安全で、変化に富んでいること。 ③シンボル性が高い空間、つまり場があること。  ④その循環の中に、めまいを体験できるところがあること。 ⑤その循環は一様ではなく、ショートカットができる近道があること。 ⑥循環には大きな広場かついていること。 ⑦全体に無数の穴が空いていて、どこからでも入り込めるし、また逃げだせる空間であること‥‥。
これだけでは、大変に分かりづらい。
具体的には、3塁側はJRの線路に面はしており、外壁が低くなっているので、新幹線や在来線の乗客は、11秒間はグランドを覗き込めることが可能に。
また、この球場は公式戦がやっていない年間の1/3は、市民に無料で開放されている。 ジョギングや散歩コースにもなり、また グランドが見られるので、試合がなくても一周するだけで満足感が得られる。 そして、「今度は試合がある時にこよう」 ということになる。
もう一つ気を付けたのは、プレキャスト・コンクリート版 (PC版) を多用して、コストを90万円で上げたこと。
こうした相乗効果で、かつては90万人と言われた広島球場は、新球場になったら200万人の観客をコンスタントに集め、新球場の経済効果は年間200億円に及ぶと言われている。

ゆうゆうのもり幼保園
ご存知の通り、保育園は厚生省の管轄で、幼稚園は文部省の管轄。
ところが、横浜の「ゆうゆうのもり幼保園は、2つの機能が合わさった幼稚園でもあり、稚児が通う保育園でもある。
3歳児で1日当り1万3000歩程度歩くことが理想と言われているが、都会の子は 500歩ほどしか歩いていない。 こどもは8歳時になるまでに、遊びを通じて5つの機能を充実させる。
①つは身体機能。 こどもは群れで遊ぶことによって、体力と運動能力を発達させてゆく。
②つは社会性を身につける機能。 アメリカの作家のフルガム氏は、「人生に必要な知恵は すべて幼稚園の砂場で学んだ」 と言っているそうだが、ケンカや仲直りの大切さを学ぶのことも大切な社会性。
③つは感性という機能。 こどもの遊びの基本は、自然の中で生物の採集。 つまり、自然の変化や生死に出会うことによって、感性を育ててゆく。
④つは創造性。 遊びは楽しいもので、常に繰りかえされる。 その繰り返しの中で、偶然新しい発見や発明がある。 それが創造性というオマケ。
⑤つは挑戦性。 道端に丸太が転がっておれば、それに飛び乗り、バランスをとってどこまで行けるか挑戦する。 失敗しても何度も挑戦して、征服した時の喜びは絶対に忘れない。
ともかくのこどもの施設には、ワクワクする仕掛が大切。 1階の園児を庭に出られるようにするのは簡単。 問題は2階の園児。 大型遊具を設置して、滑降りられることも考えてやる。
さらに、内部の吹抜けを活用して、2階に大きくて丈夫なネットを敷いて、2階と3階の小屋裏を立体的に繋いである。 猫のように歩く場所と、思い切り転べる場所がある。
1階の保育園の園児は、ワクワクした気持ちで幼稚園児を見上げている。

秋田の国際教養大の図書館
秋田市の郊外に、県が買収した国際教養大 (AIU) がある。 在校生は1000人位だが、90%の学生はキャンパス内で暮らしている。 外人は毎年100人程度で、銀行・商社・政府関係からの応募も多く、就職率は100%。 したがって秋田以外の府県からの応募も多くて、地元に在りながら秋田県人には遠い存在であるらしい。
この図書館を、著者の環境デザイン研が請負ったのは2008年。
設立母体の当時の寺田県知事は、「秋田杉を使って建築すること」 を唯一の条件として課した。
著書の表紙の写真を見ればよく分かるように、木造建築で直径22メートルの半円形で、天井が12メートルと高い平屋建。
スウェーデンのオーデンプランによく似ているが、オーデンプランは円形であり、半円形の方が構造的に難しいとされている。 構造設計は若手の山田憲明治氏。 積雪1.5メートルの荷重に対抗するために、6本の秋田杉の太い傾柱を建て、15センチ角材を合わせた梁を2重に架けて、2段のフラット・ルーフを載せている。 野地には 3センチの厚い構造用合板を使って、なんとかギリギリながら鉛直荷重をクリアー。
そして著者は、図書館と書庫建築は原則としてフラットであるべきだとしていたのに対して、敢えて高低差90センチの段床を4段も設けている。 その必然性を滔々と述べているが、残念ながら私には理解出来ない。 そして、扇状に広がる大きな書庫を配置している。
蔵書は洋書が約5万冊に対して、和書が約2万7000冊。
雑誌は105冊で、新聞は10紙。視聴覚資料は約3300点。
365日、24時間オープンが売りの図書館。
学生だけでなく、地域の消費者にも貸出を行っており、年間の図書館の利用者は、延べで約25万人という。 
学期末には深夜の0時から朝の8時まで、平均300人/日が利用しているというから、かなりの賑わっている図書館と言うことになる。


posted by uno2016 at 20:39| Comment(0) | 書評(建築・住宅) | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。