2016年06月15日

改めて考える、東京でどれだけの断熱性と気密性が必要なのか?



私は、5年前までは東京以西の断熱性能値、Q値は1.0W/㎡・Kでよく、気密性能値のC値は0.9c㎡/㎡で十分と考えていた。

そこへ一条工務店の i-smart が誕生。
i-smart は、当初Q値は0.7W近い数値を発表していた。 しかし、ヨーロッパやカナダではダーディゾーンからの24時間連続運転で顕熱交換機で排気を行っていた。 日本ではそうではなく、全熱交換機を採用しての運転。
ということは、ダーディゾーンからの悪臭や細菌なども新鮮空気に移行する可能性が高いということ。 このため、一条工務店は浴室・トイレ・台所などターディゾーンからの汚れた空気は熱交換させずに、直接外へ捨てていた。 給気は、なるべく空気が汚れていない2階の一部を利用しているように見える。
これではどう考えても、Q値が0.7Wになることはないと考え、一条工務店のQ値は信用出来ないと叫んだ。 この結果かどうかは知らないが、最近の一条工務店の発表では下記のとおりQ値は0.82W/㎡・kと発表しており、C値は0.59c㎡/㎡と発表している。

http://www.ichijo.co.jp/ismart/technology/eco.html

なお、このC値を確かめたところ、某営業責任者は、「C値は必ずしも0.6c㎡を切るという訳にはゆかず、0.7c㎡以下と考えて頂いた方が正解かもしれない」 と言っていた。
そして、この i-cube や i-smart は、昨年は2万戸近くも売れたらしい。
そして、住宅ジャーナル誌の編集長が今年の6月号で驚いて書いていたが、「2014年にはなんと戸建住宅だけで1.2万戸も売れ、注文住宅では全国2番目の大企業になっていた」 。
上の i-smart のページを開くと、2015年3月末の業績が記載されている。
それによると資本金は約6億円で、年商は約3400億円、経常利益は約290億円、従業員数は約4400人となっている。
確かに戸建住宅の売上は2位だが、住宅展示場の数は400を超えて全国一。 そのほか太陽光発電の搭載率も90%を越えて全国一。 さらに1戸当たりの平均太陽光発電搭載量も、戸建住宅の屋根だけではなくガレージの屋根を使って、10kWをはるかに超えているらしい。
在来木軸の小さな企業が、ツーバイフォーのパネル工法 i-cube や i-smart で このような大企業に変身していたのである。

同社のツーバイフォー工法は、金融公庫の正統派からみれば、かなり間違った内容であることは過日、書いたとおり。
そしたら、某社からメールが入って、「一条工務店の問題点を箇条書きにして欲しい」 という依頼があった。 おそらく、急成長した同社を叩くための手段にしたかったのだろう。 これは同社の間違いと言うよりは、認定機関の早トチリだと私は考えていたので、某社からの依頼には答えなかった。 いまでも、私は自分の行動が正しかったと考えている。
何故かというと、一条工務店を選んだ多くの消費者が、同社の高気密・高断熱という性能に満足しており、30~40坪の住宅の価格が、オプション工事を入れても70万円台で収まり、古い冷蔵庫や洗濯機を買い変えると、十分に光発電でゼロエネに近い生活ができているから‥‥。

ということは、一条工務店のQ値0.82W/㎡・kが、今では東京以西においても断熱性の標準になっており、気密性能のC値は0.59c㎡/㎡が標準と考えてきているようだ。
今どき、北海道のⅠ地域が1.6W/㎡・k、東北のⅡ地域が1.9W、Ⅲ地域が2.4W、Ⅳ~Ⅴ地域か2.7Wとの次世代省エネ基準を持ち出しても、誰1人として有難がってはくれない。
次世代省エネ基準でマゴマゴしているような企業は、如何に大手といえども先進的な意識の持ち主だと、誰も相手にしなくなってきている。
このような状況になることは、数年前に予測出来たので、地場のビルダーに 「なるべく早い時期に、一条工務店対抗商品を持たねばならない」 と警鐘をならしてきた。
ところが、ほとんどのビルダーは、警鐘を無視するか、身を縮めただけ。

ご存知のように、一条工務店は206材の外壁にEPS (ビーズ法ポリスチレンフォーム 熱伝導率0.034) を採用している。
どんな断熱材を採用するかは、各社の勝手。
今もって一番多いのは、安くて入手が簡単なグラスウール。
しかし、熱伝導は10キロ物で0.05と低く、16キロものでもやっと0.045という低さ。 もちろん
24キロものだと0.038とやっとロックウール並になる。
ロックウールはグラスウールよりは防火面では強いが、直接炎が当れば縮んでしまう。 したがって、北海道やドイツなどの寒冷地では不燃建材の裏側で、鉄筋コンクリート造の断熱材として、塗壁仕上の下地材として使われている例が多い。
次に使われているのは、新聞紙などを使ったセルロースファイバー。 これは若干の湿度調整機能と吸音性に優れているが、防火性に弱く リホーム工事などで表面材が破けた時には大変に厄介。 熱伝導率は0.038とロックウールと同一。 したがって、日本では圧倒的にロックウールが採用されている。 これ以外に、例外的に鳥の羽根などを断熱材として使う例がある。

グラスウールやロックウールに次いで多いのが、押し出しポリスチレンフォーム (XPS)。
何しろ熱伝導率が0.028. しかし、ビーズ法ポリスチレンフォーム (EPS) に比べると時間の経過で劣化が早い。 このため一条工務店は、熱伝導率0.034のEPSを選んだ。
ただし206の充填断熱としてだけ使うのなら良いが、プラス50ミリの外断熱としても採用。 熱に弱いので、難燃処理が欠かせない。
つまり、190ミリのEPSの外壁断熱とペアガラスの樹脂サッシで、一条工務店は、Q値0.82W/㎡・kを達成していると考えてよい。 ところが、一条工務店の真似をして、私も北海道に倣って206+60~80ミリのロックウール外断熱を採用して見た。
一言で言えば、北海道では外断熱は必要最低限の条件として許されるだろうが、内地での外断熱は手間暇がかかり過ぎる。 結局、売価が高いものになってしまう。

だったら、206材の両面にOSBを張り、硬質ウレタンフォーム (熱伝導率0.023) を施工し、配線や配管を石膏ボード下の38ミリの空間で行った方がはるかに手間暇がかからず効率的。 耐震性能がバカにアップするので、素晴らしい案ではないかと考えた。
硬質ウレタンフォ ームでは、アキレスボードが日本では有名。 そのアキレスに依頼するのでは高くなる。 中国などのメーカーを使って安く仕入れ方法を考える。
と同時に、硬質ウレタンの充填は工場のみで行い、大型パネルの需要に特化する。 
硬質ウレタンは、アキレスの例を見ても准不燃扱いを受けているが、准不燃の認可の取得するにはカネがかかる。 したがって、地場ビルダーに呼びかけて、共同開発を行うしか方策がない。
私が第一線に立っていたら、ある程度は強引なことをしたかもしれないが、こうした案を出すのがやっとという有様。
したがって一条工務店対抗商品は、未だに生みだされていない。

一条工務店のQ値0.82W/㎡・k、C値0.59c㎡/㎡というのは、それほど難しいことではない。
難しいのは、一条工務店に対抗出来る価格体系。
北海道の一部の業者だと苦もなく出来ることが、システムとして考えた場合には難航を極める。
正直なところ、こんなに難航するとは、考えてもいなかった。

私の判断の甘さが、元凶らしい。 嗚呼。




posted by uno2016 at 15:45| Comment(1) | 技術・商品情報 | 更新情報をチェックする

2016年06月10日

デシカがなくてもダブル断熱で温度と湿度がコントロールが可能?


渡邊和司著「一生健康に暮らせる住まいづくり」(幻冬舎 800円+税)

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先週 紹介した隈 研吾氏の 「なぜぼくが新国立競技場をつくるのか」 を買うために、紀伊国屋書店へ走った。 その時、住宅業界の棚に表記の新しい著作が並んでいたので、面白そうなので ついでに買ってきた。


ご案内のように、私が週刊住宅ジャーナル編集長に着任以来、北米におけるオープンなツーバイフォー工法を発見し、これに惚れこんでしまった。 何しろ日本の数倍も時給の高い職人を使い、日本の2倍以上の性能が優れた建材を使いながら、その住宅の販売価格が日本よりも大幅に安かった。 つまり、建築現場の生産性が、日本の数倍も上回っていた。
当時、すでに10数社が北米のツーバイフォー工法を真似て、日本で特許をとっていた。 不肖日本ホームビルダー協会も個別認定を取っていた。 北米でオープンな工法を、如何にも自社の開発工法のようにPRしている根性が許せなかったし、やたらとカネを払ってプランを多く得ないと、使いものにはならなかった。
幸い、住宅局長の理解が得られ、住宅金融公庫の若手の技術者による標準仕様書造りが着実に進んでいた。 これと並行して、ホームビルダー協会の仲間の努力によって、ツーバイフォー工法をオープン工法として導入させることに成功。

ともかくアメリカで、ダイヤフラム理論が公認されていたので公庫の技術者は抜かりなく仕様書を作成して、床をプラットフォームで構成して耐震性が抜群。
それだけではない。 12.5ミリ厚の石膏ボードを押入れを含めた全ての天井面と内壁面に採用した。 そして、ドライウォール工法での仕上げ。 その生産性の高さも、防火性能の高さも抜群。
タウンハウスの界壁には、石膏ボードを2枚を公庫の標準仕様書で使っていたし、アメリカの中高層ビルには30ミリとか40ミリの厚い石膏ボードが採用されていた。
北米では、ツーバイフォーによる木造住宅の寿命は、コンクリート造と同様に100年間と言われていた。 「少なくとも、3世代は持つのが木造住宅」 という意識が、当時アメリカの主流を占めていた分譲住宅では常識。


しかしオープン化以降、ツーバイフォー工法が順風満帆で成長してきた訳ではない。
この工法を最初に本格採用したのは寒冷地の北海道。 1年も経たないうちに壁の中に充填させていた断熱材が、結露で氷って氷柱になってしまった。 早速、アメリカの歴史を調べてもらったら、第2次世界大戦前後から北米でも断熱材が使われ始め、冬期に壁内に漏れた空気によって結露を起していたことを発見。 北米ではこの結露を防ぐために、冬期室内に空気が漏れないように石膏ボードの下にべバーバリアを入れていることが判明した。
ところが、べバーバリアを入れると、東京以西では夏場に結露が生じることが計算上明らかになってきた。 この解決策として内壁通気層の設置などが検討されたが、北海道が開発した外壁の構造用合板の外側‥‥つまり、外壁仕上材の内側に通気層を設けることで、壁内結露問題が解決された。


その次に問題になってきたのは、アルミサッシの結露。 これは、アルミではなく木やプラスチックの枠材を採用して、ガラスをダブルではなく最近ではトリプルに格上げして、完全に開口部の結露を防止している。
つまり、北海道をはじめとした先進的なビルダーにおいては、サッシだけではなく、壁内結露問題はなんとか卒業出来たと考えて良いようだ。
そして、先の阪神淡路大震災でもほとんど倒壊などの被害がなかったのがツーバイフォー住宅。
豪雪地の中越地震では、ツーバイフォー住宅の存在が限られていたが、倒壊はゼロ。 そして、外壁に構造用合板を採用したスーパーウォールが、震度7の川口町では倒壊していなかった。
ごく最近の熊本地震。 まだ詳報な情報は入手していないが、ツーバイフォー住宅はいずれも健全な様子。 詳細を入手次第、報告したい。


そして、阪神淡路や中越地震で、息の根が止められたと思った木軸工法が、金物工法で復活したことを喜びたい。 しかし、金物工法で特認を得ている大手住宅メーカーの動きを見たり、各社の動向を見ていると 必ずしも諸手を挙げて喜ぶわけにはゆかない。
やたらに集成材の柱や梁を多用していて、ツーバイフォーに比べると資材が30%も多く使っており、今後においてもコストダウンの見込みは非常に少ないように見える。
私が北米のツーバイフォー工法に魅せられたのは、性能を遥かに上回るコスト安。 別の言葉で言えば現場の生産性の高さ。
それに、金物工法が追付いておらず、このままでは北米との差が開いてゆくばかり‥‥。
たしかにアメリカは2007年の世界金融危機で、サブプライム住宅ローンに飛び火して、バプルが崩壊した。 しかし、傷を負ったのは金融業者で、多くの地場ホームビルダーは投機を回避していて、ほとんどが無傷。


これに対して、技術的には問題はあるが、三井ホームやセキスイハイムを抜いて、住宅業界2位の座を i-smart などのツーバイフォーパネル工法の急躍進で支えている一条工務店。
同社が急伸出来たのは、フィリピンに存在する格安の生産工場と、平均7~8ワットも搭載している太陽光発電パネルが、たった1%の金利費で搭載できるという戦略のうまさにある。
たしかに、ツーバイフォー工法をパネル化したという先見性も買えるが、やはり何と言っても、Q値は0.82W/㎡・k、 C値は0.59cm/㎡という性能値が、坪70万円以下で買える点こそがポイント。
こうした性能と価格を消費者に提示した業者が、いままでいただろうか?
私が第一線で働いている時は、「チャンス到来」 と頑張ったはず。 しかし第一線を退いた現在では仲間の動きを観察するだけ。 「チャンス到来」 と叫ぶモサは、残念ながら見当らない。


次に問題になってきたのは、日本の冬期の異常乾燥と、夏期の高温多湿。
筆者は、「ハワイは大変涼しかった」 と言っているが、私が数度はワイキキを訪ねているがいずれも1~3月の冬期。 いずれの時も、ハワイの蒸暑さに閉口。
たしかに、相対湿度でホノルルを見ると62~82%。 一方、東京の相対湿度は60~76%。 たいした差が無いように見える。 しかし、年間ホノルルの温度は28.8℃に対して東京は16.6℃。 絶対湿度で見るとホノルルは18グラム強に対して、東京は8グラム弱。 なんと10グラム以上もホノルルの方が絶対湿度が2倍以上と高い。
とくに1~3月の3ヶ月で見ると、東京は22.6グラムに対してホノルルは3.5倍も高い79グラムもある。 冬期しかホノルルを訪ねたことのない私が、ホノルルの冬期の蒸暑さに閉口した理由がお分かり頂けることと思う。
アメリカの西海岸やヨーロッパは、冬期はジメジメしているけれども、夏期はカラリと晴れていて、心の底から楽しくなってくる。 旅に出かけるなら夏期のアメリカの西海岸とヨーロッパ。 別の言葉で言えば、アメリカの東海岸へは、私は日本を感じるので行きたくない。


したがって、30年以上も前から、「日本の冬期の異常乾燥と夏期の高温多湿」 を大問題視。
当然のことながら、著者の言うように私もダブル断熱と壁内通気を何回となく試みてきた。 しかし、北海道のように寒冷地の場合には、充填断熱+燃えないロックウールによる外断熱でのダブル断熱は不可避。 だが、東京以西ではダブル断熱をやるよりは、206材の14センチ厚の中に重量断熱材を吹込むシングル断熱の方が、はるかにコスト安。
今では、Q値が0.9W/㎡k以上が出せ、C値は0.5c㎡/㎡を切ることは容易。
つまり、一条工務店が言うところのQ値0.82W/㎡・k、C値0.59c㎡/㎡に限りなく近づけられる。
著者は、ご自慢のダブル断熱のQ値がいくらなのか、最後まで探したが、記載されていない。
そして、C値はc㎡/㎡で表現するところを、わざと約10センチ角の穴と表現している。 もし40坪 (132㎡) の住宅に換算すると、0.76c㎡/㎡となる。 一条工務店の0.59c㎡/㎡よりはるかに下。
壁内通気をやっているので、この程度の数値でおさまっているのは上出来。 それにしては、あまりにも自慢がすぎて、読んでいて気持ちか悪くなってくる。 少なくとも、一条工務店を上回ってから、自慢話を始めてほしい。
といっても、「一生病死をしない住宅はどうあるべきか」 と書かれている内容には、私も100%は賛同。 文句をつけるところはなし。 ただし、この程度のことでタラタラ自慢話を並べられることは、絶対に許せないと思う。


ということは、冬期の加湿と夏期の除湿は、私に課せられた長年の課題。
最初に、この難問に取組んでくれたのがダイキン。 歴代の東京ダイキンの技術部長は、実に真剣に取上げてくれた。 最初に開発されたのは、除湿には一台のエアコンを使い、冬期の加湿は透湿膜によるものだった。 これが10年ぐらいは続いたと思う。
施主からも好評で、「おかげで冬期も薄い掛布団だけで済む。 ベランダで布団を干さなくて済むようになったことが大変に有難い」 との賛意をいただいた。
また、ほとんどの施主は当初は網戸を欲しがった。 ところが、一夏とか二夏過ぎて伺うと、ほとんどの家では網戸を外して生活していた。
「いゃあ。 最初は春とか秋は窓を開けて、外気を取入れていたのです。 しかし、窓を開けると
車や隣近所がうるさいし、砂埃も入ってきて掃除が大変になる。 そこで、いつの間にか窓を開けない生活に変わった。 窓を開けなくても空気は綺麗だし、除加湿もきちんとやってくれているので問題はない。 結局、網戸が不必要になったのです‥‥」 と。
そのうちに、R-2000住宅が普及してきて、Q値は1.3W/㎡・k以下に、C値は0.89c㎡/㎡になってきた。 このQ値には悩まされたが、C値は0.5c㎡/㎡は直施工の地場ビルダーには簡単に出せる数値。 ところがツーバイフォーの大手である、三井、三菱、東急など施工を外部委託している各社は、軒並みこの項目で失格。 R-2000住宅から姿を消してしまった。


大手メーカーは、プレハブメーカーにしたところで、高気密にはからきしダメだということがこのことで判明した。 そして、国交省が音頭をとって、政府のあらゆる記載から 「気密性能‥‥つまりC値を除外」 するという暴挙に及んだ。
つまり、「暖かい住宅」 というのは、隙間のない住宅のこと。 この肝心のC値を除外したことで、日本の住宅は国際水準から逸脱した寒い住宅‥‥やたらに燃費のかかる住宅へと脱落してしまった。
「高断熱」 は謳うけど、「高気密」 には一切触れないという、まったく不可解な現象が、国交省と大手住宅メーカーの手によって決行された。
このため、「ゼロエネルギー住宅」 といっても、日本では太陽光発電をやたらに搭載した住宅を指すようになってきている。
勇気ある人が出てきて、国交省のバカげた理論が一掃されることを願ってやまない。


さて、透湿膜による加湿は水道水の中に溶け込んだ塩素などによって、水が流放しになる故障がよく発生した。 このため、ダイキンは透湿膜を避け、業務用のデシカを家庭用に変更する研究を開始した。 水道水を使うのではなく、空気中の水分を使う方式。 そして、多くの消費者が居るにもかかわらず、ダイキンは透明湿度膜の生産を中止!
デシカが、透湿膜と同じ価格で生産され、流通するものと考えて私は全面的にダイキンに協力。
そして、かつて工事の発注を一任していたオリエンタル冷熱が、各部屋ごとに温度や湿度を調整出来る分配器を開発してくれた。 これは従来のダイキンの分配器と異なり、必要な給排気をミリ単位で調整出来ると共に、温湿度を居住者の好みに合わせて調整出来るすぐれもの。
そして、オリエンタル社がダクト配置工事を容易にするために、計30万円/戸程度高くなったが、北側には平行弦トラス床を採用した。 これでダクト工事が飛躍的に容易になった。
また、天井面から直下に吹下ろす方式では風を感じるのを嫌い、廊下の天井を下げて、水平に吹出すように工夫して、風を感じない家造りを目指した。


つまり、Q値やC値の性能を良くすると、40坪程度の住宅では空調機は3.0KW程度のものが1台あれば良く、7~8台は不要になる。 つまり、1台のデシカを兼ねた空調機と90%以上の熱回収機があれば、風を感じない快適な生活が得られる。
ところが、業務用のデシカを住宅用に替えたら、なんと定価が100万円以上に。
かつての透湿膜方式だと、平行弦トラスを採用すれば、ダクト工事込みで100数十万円で仕上がっていたものが、軽く200万円を突破してしまう。
これだと、ダイキンとしては、1台の高いデシカを売るより、7~8台のエアコンを売った方が、会社としても1営業マンとしても良いことになる。 かつて絶対視されていた除加湿機能は、等閑視されるようになってきている。 しかし、価格問題を別にすれば、入居者の話を聞けば、デシカの除加湿の機能には最高の性能を感じている。 高くても使いたいという消費者も存在する。

もし、著者の言うように、壁内排気方式で除加湿機能が得られるのであれば、私も千葉のトーワホームシステムを選びたい。
しかし何度読返しても、心の底から納得出来ないでいる。 一度、同社のモデルハウスを訪ねてみる必要があるようだ。


posted by uno2016 at 14:36| Comment(0) | 書評(建築・住宅) | 更新情報をチェックする

2016年06月05日

新国立競技場の木にこだわる隈研吾氏の熱くて固い決意!


隈 研吾著「なぜぼくが新国立競技場をつくるのか」(日経BP社 1500円+税)

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隈研吾氏は、伊東豊雄氏ともどもに、現存する建築士の中では私が最も尊敬している人物。
以前に、「独善的 週刊書評」 の中で隈氏の著作 「負ける建築」 を紹介した。 いつ頃だったかと調べるために、「週刊書評」 を開いたが、出ない。 念のためにリンク先の「NPO法人北海道住宅の会」 を開いても、出ない。
「北海道住宅の会」 そのものが、2年前の高倉事務局長の死によって、その後解散したらしい。 そのことを、誰も教えてくれなかったので、著作権があるからとのほほんと構えていた私に 責任があるらしい。 大至急に対策を取るべく 関係者に連絡をとったばかりだが、返事がない。 いま暫くはこの常態が続くものと覚悟していただきたい。

その隈研吾氏の久々の著作が出版された。 出版されたことを、日経BPメールに掲載されていたので、あわてて紀伊国屋へ走り、仕入れてきた。 内容は、やたらに面白い。
ご存知のように、2020年に開催される東京オリンピックのために、新国立競技場の基本構想が 国際コンペが開催されてザハ・ハディッド女史案が選ばれたことは記憶に新しい。 ところがこの報道がなされたら、日本の建築界の大御所である槇文彦氏をはじめ、多くの識者から ザハ案に対する批判が相継いだ。 曰く 「背が高すぎるし、規模も大きすぎて、神宮の風景にあわない」 とか 「予算を無視した絵にすぎない」 という批判の嵐。
政府も、最初は 「時間がないから‥‥」 と 予算問題などを逃げる予定だったらしい。 だが 世論の反撃に抗しきれず、ザハ案をキャンセルして、白紙撤回にしてしまった。
そして 設計・施工を一括にした日本チームのA案とB案に絞り、村上周三委員長とする 7人の委員会で610点対602点という 8点という僅差で、A案が選ばれた。 このA案チームは、大成建設と隈研吾+梓設計チーム。 B案は竹中・清水・大林の施工大手3社と伊東豊雄+日本設計チーム。

私の大好きな隈研吾氏と伊東豊雄氏が、A組とB組に分かれたので、困ってしまった。 困ったのは私だけではなかった。
この著は、7章からなっている。 最初の4章で 隈研吾氏がA組に巻込まれた経緯と、新国立競技場という公共施設で、本格的に木を採用する意義を縷々述べている。 そして5章で大成建設の山内会長、6章で梓設計の杉谷社長が登壇し、編集者と対談している。 そして最後の7章で、著者の隈氏と茂木健一郎氏が対談し、ざっくばらんに いろんなことを述べているが、これはなかなか読ませる。
その中で茂木氏は次のようのに発言している。
「僕個人としては、隈さんに決まって良かったなと素直に思っている。 しかし伊東豊雄さんとも親しいので、B案に決まっても、それはそれで順番として良かったのかな、と思っていた‥‥」 と本音を述べている。
まさしく、私と同じ感想を持っていたことに、ビックリ。

ともかく、1964年の東京オリンピックは、新幹線と高速道路の完成というおまけまでついて 日本が先進緒国へ仲間入りすることが出来た記念碑。
それと同時に、まだ10歳だった隈氏は、父親に連れられて国立代々木競技場の体育館を見て 丹下健三氏の鮮やかな建築に感動して、その場で建築家になることを決めている。
ともかく、戦後の建築家で最初にコンクリートという素材を自在に使った筆頭は丹下氏。 そして1964年の東京オリンピックで美しい大屋根の代々木体育館を実現させ、多くの人々の共感を 呼ぶとともに、1913年生れの丹下氏は戦後の建築界の第一世代の雄として輝いた。
丹下健三と言う建築家は、単に自己主張するだけではなく 大型建築物が持つ 「公」 という意味を誰よりも深く理解していた。 建築物というものは、カッコ良いだけではなく、コミュニティのよりどころにならないといけないという、本質が分かっている貴重な存在。
そして第二世代が、彼の教え子である 槇文彦氏 (1928年生れ)、磯崎新氏 (1931年生れ)、黒川記章 (1934年生れ) の3氏。 筆者は敬意をこめて 「丹下先生の3弟子」 と呼んでいるが、槇氏は都市性、磯崎氏は芸術性、黒川氏は大衆性を備えた達人。 しかし丹下氏は、1人で3人の弟子を上回る才能を備えていたとベタ褒め。
筆者の分類によると、第三世代が共に1941年生れの安藤忠雄氏と伊東豊雄氏。 そして、第四世代が隈研吾氏 (1954年生れ) をはじめ、妹島和世氏や坂 茂氏などということになる。

しかし、1980年から神宮外苑に事務所を構えてはいたが、新国立競技場の設計に 携るようになるとは、隈研吾氏は夢にも考えていなかった。 国際コンペの開催は知っていたが、応募条件として「ブリッカー賞やアメリカ建築協会のゴールドメダルを獲得者、あるいは 大規模スタジアムの実績がある者」 という条件がついていたので、最初から 「お呼びでない」 と考えていた。
ところが、ザハ案が却下された時、突然に大成建設から、「一緒にやりませんか」 と声がかかってきた。 筆者は、「呼ばれたらやる」 という基本姿勢を貫いている。 つまり、自分から売込んだり、押しかけたことは一度もない。
声がかかった時、「喜んで引受けます」 とは言ったが、残された時間はわずか2ヶ月半。 通常、最低でも4~6ヶ月の余裕があるのに‥‥。
時間がない中で、建築家が変な自己主張を始めたら、あっという間に締切がきてしまう。 確かに創造性も大切だが、創造性を発揮できる風通しの良い 「場」 をつくることがより重要。 メンバー間に信頼性がないと、コミュニケーションが成立たず、チームワークが生まれない。 このため初期のミーテングでは、もっぱら筆者は聞き役に徹している。

筆者が設計に際して、いつも意図してることが2つある。
1つは、なるべく 「建築の高さを低くしたい」 こと。 もう1つは、「地元の木材などの自然素材を使いたい」 ということ。
大成建設が筆者を選んだのは、「暗にこの2つの条件こそが、新国立競技場という場にふさわしいと考えたからではないか」 というのが憶測。
新国立競技場の設計要項には、観客席やフィールド、建物形状、環境保全や安全性など 細かく書かれている。 それらの条件を満たそうとすると、建物の高さを低くすることは容易ではない。
筆者は、個人的にサッカーやラグビー場を見てきたが、「このスタジアムはいいな‥‥」 と感じたことは1つもなかった。 どれも 「裏側」 がダメ。  裏側はコンクリートの骨組みのままで、悲しくなってくる。 したがって、裏側を良くしたかった。
しかもB案は客席が2層なのに対して、A案は3層。
ザハ案は高さか75メートルだった。
しかし、大成建設と梓設計の構造担当者に東大の稲山教授、東芸大の金田准教授という プロの構造屋によって、大屋根を支える構想の単純化と木と鉄を組合わせるハイブリッド化。 さらには、客席の各階の高さを切詰めることで、49メートル高に納まることが判明。
ザハ案の65%高に納まるという見通し。

この報告を受けた時、筆者はこの事業の成功を確信している。
ちなみに、解体前の国立競技場の天井高は、照明の上部で60メートル高だったという。 これに比べても20%も低い。
そして、新国立競技場の設計に当り、筆者が 自分で幸運だと感じている点は、建築関連の法規が変わり、この数年間で国産の木が大変に使いやすくなってきたこと。
単に法規面だけでなく、予算面やデザイン面、あるいは木材の不燃化や防腐面でも リーズナブルな素材としての認識が広がってきた。
しかし、木を使うことで価格が高くなり、予算面でオーバーしては全く意味がない。 そういった点で、筆者がもっとも気を使っているのは、地場の町工場で簡単に作れる木の素材を選ぶこと。 大断面集成材というのは、カッコ良いかも知れないが地場の町工場では作れない。
今回の新国立競技場に使うのは、外壁は一般に流通している10.5センチ厚の安いスギ材。 屋根は33センチのカラマツの小ぶりな集成材。 加工に特別な設備が不要で、簡単に入手出来る。
木造に拘る以上は、どこまでも国産材に拘りたいというのが筆者の態度。

私か不思議に思うことは、どうしてこれほどまで 筆者が 「コンクリート嫌いになったのか」 ということ。 本文をよく読んでみると、その原因は阪神淡路大震災にあることが分かった。
あの大震災で、コンクリートの高速道路が、根本からひっくり返ったことを、未だにトラウマに感じている。
私と故杉山先生が、神戸の被災地を見て痛感したのは、在来木造住宅のあまりにも脆弱さであった。 ツーバイフォー住宅はほとんど倒壊しておらず、ほぼ無傷。 しかし 在来木造のほとんどは通柱が折れ、1階が押し潰され、1階で寝ていたほとんどの人を圧死させてしまった。
正直なところ、「もう木軸住宅には、未来がない」 と感じた。
そして、阪神淡路と同じ震度7を記録した中越地震の烈震地・川口町。
ここは豪雪地帯で、神戸のような9センチの細い通柱ではなく、4~5寸の通柱を使っていた。 それなのに激震地では90%以上が倒壊していた。 豪雪地帯でツーバイフォー工法は採用されておらず、外壁に構造用合板を張ったスーパーウォール工法のみが、倒壊を免れていた。
そして、特筆すべきは豪雪地帯なので全ての1階は、ダブル配筋のコンクリートで作られていた。 このコンクリートの1階部分は、1つも損傷がなかった。
アメリカやカナダの東海岸地帯は、軒並みコンクリートの地下室や半地下室を持っている。
また、ハリケーン地帯でも、必ずコンクリートの地下室を持っていて、いざという時に命を守る場として、北米ではコンクリートの地下室、半地下室は不可欠な存在。

故杉山先生は、神社仏閣に木が使われ、それが永い寿命を持っているのは 当り前だと言っておられた。 木造を語る場合に、「神社仏閣を語る人間は、庶民の住宅の実態を知らない者だ」 と軽蔑しておられた。 そして、先生の研究の中心は、「在来木軸の中でも大貫工法」 に限られていたと言っても過言ではない。
阪神淡路大震災と中越地震後に出てきた木造住宅用の金物工法。 大手の住宅メーカーも軒並み採用しているらしいが、やたらに使用部材が多く、北米の耐震性や耐火性で安全なツーバイフォー住宅に比べて30%も高い。
住宅の寿命は、コンクリート造を含めて100年。
これに対する隈研吾氏の論理は、日本の神社仏閣からスタートしており、木造住宅の実態から離れていることが、私は懸念されてならない。


posted by uno2016 at 08:50| Comment(0) | 書評(建築・住宅) | 更新情報をチェックする
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