2016年07月30日

ヨーロッパが主流で、日本などアジアに触れていないのが残念。



イアン・ミラー著 「水の歴史」 (原書房 2200円+税)

水歴史.JPG

いま、世界的に「水の危険が」が叫ばれている。
その、「今日的な問題に焦点を当てているはず‥‥」と考えて、借りてきて読んだ。
ところが、内容はどこまでもヨーロッパが中心で、人口が爆発的に増えて水飢饉が問題視されているアジア、中東、アフリカについての記述がまったくない。 
これは、あまりにも一方的で、今日的な大問題を等閑視しているイギリスの出版らしいと諦めざるを得なかった。
著者は、イギリス領のアイルランド問題に詳しく、「胃の現代史」 や 「飢餓後のアイルランドの食糧改革」 などの著作などがある。 つまり 「食のプロ」 が、水問題にまで手をひろげてきたということらしい。 しかも、ヨーロッパだけの知識で‥‥。

筆者が言うように、古代文明は川の周辺で発展した。 チグリス、ユーフラテスなどは、小学生の頃に学んだこと。
エジプトのフランス総領事のマイエ氏が、ナイル川の水を飲んで、「たぐいまれにみるおいしさだった」 と語ったと、著者はそのエッセイを紹介している。
「初めてナイル川の水を飲んだ人は、まるで芸術品だと思うだろう。 えも言われぬほど 口当たりが良く、心地のいい味なのだ。 この水には、シャンパーニュ地方のワインと 同じランクを与えるべきである」 と。
これを読んで、私は吹きだした。 ヨーロッパの人々は、よっぽど不味い水道水しか 飲まされていないのではなかろうか。 私は 感覚が鈍感なせいか、それほど ヨーロッパの水道水は、不味いと感じたことがない。 もしマイエ氏が、みどり豊かな 日本の井戸水とか 岩を流れる水を飲んだら、一体何と言っただろうか?

最近の都市生活者はともかくとして、ほとんどの日本人は、井戸水や岩を流れる水を手で掬って飲み、「アヽ 甘露、甘露」 と褒めそやしてきた。
ナイル川の水を飲んで、「たぐいまれなおいしさ‥‥」 などと叫ぶ日本人は いないだろう。 それほど、日本人はおいしい水に育てられてきた。 おいしい水が絶えなく降る雨水に守られ、何万本もの川と井戸と、山の緑に支えられてきた。
したがって、筆者の 言うように、ナイル川の水の うまさを有難がっている 著者の言うことなどは、信用出来ないという気になってくる。
ということで、私はこの著作を読む前から、不信感に陥っていた。
だが、この著作全体を 批判することは 正しくなかろう。 ヨーロッパ各国が 抱えている 「水問題」 として読めば、かなり革新的な著であることは 間違いない。 しかし、著者が最後に言わんとしている 「世界の水事情」 は、かなり間引きして読む必要がある。
この著書で面白いのは、第2章の 「古代の水文化に対する 再発見」 と、第4章の 「水と健康」 と、第7章の 「飲料水ビジネス」。
その中で、面白いと思った第2章を中心に、紹介したいと思う。

古代文明は、水源の周辺‥‥つまり川を中心に 発展した。 人間にとって、単に 飲料水だけではなく、洗濯する場所と、清潔な身体でいるためには、身体を洗う 新鮮な水が不可欠であることを知っていた。 ほとんどの古代都市は、川の近くで発展した。
例外もある。 例えば インカ帝国。 給水源が期待したほど近くにない場合は、遠方の泉から首都のマチュピチュまで、水を運ぶ技術を開発させねばならなかった。
ご存知のように、マチュピチュは標高2130メートルの驚くほどの高地にある。 そこまで水を運ぶには、傾斜する水路や水汲み場、段々畑を複雑に組合わせて、広範囲に 水を行きわたらせる必要があった。
きれいな水を確保するために、さまざまな技術や社会習慣を発展させた文明もある。 古代エジプト人が墓所に彫った絵から、水から不純物を取除く高い技術力が見てとれる、という。
また、紀元前200年の古代メソポタミア人は、公衆衛生に関する 法律を作ったという。 それよりも重要視されたのは、汚染源となる墓地や なめし皮工場、食肉処理場は、ため池や井戸から遠く離された。

しかし、今日でも驚嘆させられるのは、非常に複雑で入組んだ水管理システムを持っていた 古代ローマ。
歴代のローマ帝王は、清潔な水の重要性を心の底から理解していた。 そのため、帝国の主要都市に飲み水を供給けする壮大な水道橋システムを、奴隷を使って建築したことは 誰でも知っている有名な話。 ローマの町には9本の水道橋で水を運び、都市の周辺に貯水池や 水路、飲料用の公共噴水を作って、効率的に貯水と給水を行った。
イギリスは、ビクトリア朝後期に、やっと近代的な給水システムの基礎が築かれた。 しかし、手本になったのはどこまでも古代ローマ。 何とかして古代ローマを参考にして、その偉業を越えようと奮闘したエピソードは、今も語り継がれている。
産業革命の全盛期の1870年に、イギリスのクォータリー・レビュー誌に、ある作家の 19世紀の給水技術とローマ時代の技術を比較する以下の記事が記載されたという。
「現在見られているもっとも重要な進歩の一つが、飲料水の供給と公衆浴場の建設。 ローマでは膨大な費用をかけて 地方の都市ではもちろんのこと、個人の別荘の浴場でも水道が引かれたことが遺跡で見られる。 これは、19世紀のロンドン以上と言わねばならない‥‥」 と。

ローマ時代は、飲料水はカネを払って買うものだった。 一部の成金は別荘にまで浴室を引くことはできたが、それには 「水税」 がかけられた。 一般大衆は、町のあちこちにある底の浅い水盤から、タダで自在に水を得ていた。
ローマ帝国が崩壊したのは、この公共の水供給システムが破壊されたから。
したがって、どんなにローマ帝国がすぐれたシステムの上に成立っていたかが、うかがい 知らされるところである、という。イアン・ミラー著 「水の歴史」 (原書房 2200円+税)


いま、世界的に「水の危険が」が叫ばれている。
その、「今日的な問題に焦点を当てているはず‥‥」と考えて、借りてきて読んだ。
ところが、内容はどこまでもヨーロッパが中心で、人口が爆発的に増えて水飢饉が問題視されているアジア、中東、アフリカについての記述がまったくない。 
これは、あまりにも一方的で、今日的な大問題を等閑視しているイギリスの出版らしいと諦めざるを得なかった。
著者は、イギリス領のアイルランド問題に詳しく、「胃の現代史」 や 「飢餓後のアイルランドの食糧改革」 などの著作などがある。 つまり 「食のプロ」 が、水問題にまで手をひろげてきたということらしい。 しかも、ヨーロッパだけの知識で‥‥。

筆者が言うように、古代文明は川の周辺で発展した。 チグリス、ユーフラテスなどは、小学生の頃に学んだこと。
エジプトのフランス総領事のマイエ氏が、ナイル川の水を飲んで、「たぐいまれにみるおいしさだった」 と語ったと、著者はそのエッセイを紹介している。
「初めてナイル川の水を飲んだ人は、まるで芸術品だと思うだろう。 えも言われぬほど 口当たりが良く、心地のいい味なのだ。 この水には、シャンパーニュ地方のワインと 同じランクを与えるべきである」 と。
これを読んで、私は吹きだした。 ヨーロッパの人々は、よっぽど不味い水道水しか 飲まされていないのではなかろうか。 私は 感覚が鈍感なせいか、それほど ヨーロッパの水道水は、不味いと感じたことがない。 もしマイエ氏が、みどり豊かな 日本の井戸水とか 岩を流れる水を飲んだら、一体何と言っただろうか?

最近の都市生活者はともかくとして、ほとんどの日本人は、井戸水や岩を流れる水を手で掬って飲み、「アヽ 甘露、甘露」 と褒めそやしてきた。
ナイル川の水を飲んで、「たぐいまれなおいしさ‥‥」 などと叫ぶ日本人は いないだろう。 それほど、日本人はおいしい水に育てられてきた。 おいしい水が絶えなく降る雨水に守られ、何万本もの川と井戸と、山の緑に支えられてきた。
したがって、筆者の 言うように、ナイル川の水の うまさを有難がっている 著者の言うことなどは、信用出来ないという気になってくる。
ということで、私はこの著作を読む前から、不信感に陥っていた。
だが、この著作全体を 批判することは 正しくなかろう。 ヨーロッパ各国が 抱えている 「水問題」 として読めば、かなり革新的な著であることは 間違いない。 しかし、著者が最後に言わんとしている 「世界の水事情」 は、かなり間引きして読む必要がある。
この著書で面白いのは、第2章の 「古代の水文化に対する 再発見」 と、第4章の 「水と健康」 と、第7章の 「飲料水ビジネス」。
その中で、面白いと思った第2章を中心に、紹介したいと思う。

古代文明は、水源の周辺‥‥つまり川を中心に 発展した。 人間にとって、単に 飲料水だけではなく、洗濯する場所と、清潔な身体でいるためには、身体を洗う 新鮮な水が不可欠であることを知っていた。 ほとんどの古代都市は、川の近くで発展した。
例外もある。 例えば インカ帝国。 給水源が期待したほど近くにない場合は、遠方の泉から首都のマチュピチュまで、水を運ぶ技術を開発させねばならなかった。
ご存知のように、マチュピチュは標高2130メートルの驚くほどの高地にある。 そこまで水を運ぶには、傾斜する水路や水汲み場、段々畑を複雑に組合わせて、広範囲に 水を行きわたらせる必要があった。
きれいな水を確保するために、さまざまな技術や社会習慣を発展させた文明もある。 古代エジプト人が墓所に彫った絵から、水から不純物を取除く高い技術力が見てとれる、という。
また、紀元前200年の古代メソポタミア人は、公衆衛生に関する 法律を作ったという。 それよりも重要視されたのは、汚染源となる墓地や なめし皮工場、食肉処理場は、ため池や井戸から遠く離された。

しかし、今日でも驚嘆させられるのは、非常に複雑で入組んだ水管理システムを持っていた 古代ローマ。
歴代のローマ帝王は、清潔な水の重要性を心の底から理解していた。 そのため、帝国の主要都市に飲み水を供給けする壮大な水道橋システムを、奴隷を使って建築したことは 誰でも知っている有名な話。 ローマの町には9本の水道橋で水を運び、都市の周辺に貯水池や 水路、飲料用の公共噴水を作って、効率的に貯水と給水を行った。
イギリスは、ビクトリア朝後期に、やっと近代的な給水システムの基礎が築かれた。 しかし、手本になったのはどこまでも古代ローマ。 何とかして古代ローマを参考にして、その偉業を越えようと奮闘したエピソードは、今も語り継がれている。
産業革命の全盛期の1870年に、イギリスのクォータリー・レビュー誌に、ある作家の 19世紀の給水技術とローマ時代の技術を比較する以下の記事が記載されたという。
「現在見られているもっとも重要な進歩の一つが、飲料水の供給と公衆浴場の建設。 ローマでは膨大な費用をかけて 地方の都市ではもちろんのこと、個人の別荘の浴場でも水道が引かれたことが遺跡で見られる。 これは、19世紀のロンドン以上と言わねばならない‥‥」 と。

ローマ時代は、飲料水はカネを払って買うものだった。 一部の成金は別荘にまで浴室を引くことはできたが、それには 「水税」 がかけられた。 一般大衆は、町のあちこちにある底の浅い水盤から、タダで自在に水を得ていた。
ローマ帝国が崩壊したのは、この公共の水供給システムが破壊されたから。
したがって、どんなにローマ帝国がすぐれたシステムの上に成立っていたかが、うかがい 知らされるところである、という。




posted by uno2016 at 08:57| Comment(0) | 書評(その他) | 更新情報をチェックする

2016年07月25日

こんなに素晴らしい著書が、2月に出版されていたのですね!



日下公人著「こうして、2016年、日本の時代が本格的に始まった!」(WAC新書 900円+税)

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目次を見たら、今年2月の出版。
私が最近読んだ本の中で、山口正洋著 「日本経済 世界最強論!」 もなかなか優れていたけれども、この著に比べると雲泥の違い‥‥。 「騙された」 と思って買って読んでいただきたい。
皆さんが最近モヤモヤさせられていた気分がすべて吹き飛んで、スッキリとした気分にさせてくれることを、100%保障したい。
私は日下公人氏のファン。 今まで氏の書いてきた著書はほとんど読んできたつもりだった。 
ところが2000年から10年間の間に自著だけで50点以上、共著だけでもなんと30点以上にも及ぶ。
とてもじゃないが完読することは困難。 
最近も「日本大出動 トランプなんか怖くない!」を書いている。
氏は、昭和5年 (1930年) 生れで、今年は満86歳のはず。 渡辺昇一氏と共著で 「日本人 への遺言」 を書いていたので、「そろそろ身を引く考えかな‥‥」 と考えていた。 ところが そんな素振りはまったく見られない。 ウィキペディアで 「日下公人 (くさか きみんど)」 を引くと氏のアメリカ、ヨーロッパ、中国、日本にたいする考え方や哲学が嫌というほど分かる。 その集大成が、この著だと言って良い。

ともかく、自前で買った本だと、ほとんどが赤線で埋められてしまう。 図書館から借りてきた本だから、まさか赤線を引く訳にはゆかない。 変わりに大切なページにマークシートを挟んでいったら、ほとんどのページにマークシートが挟まれてしまった。 
それらを全部紹介するだけのスペースは、もとよりない。 したがって、最初のマークシートの部分から紹介して、枚数がきたところで打止めとさせていただくしか方法がない。 そのことをまずお断りしておかねば、どこを紹介したら良いかで何日間も迷うことになってしまうことが、最初から見え見え。

2010年に欧州危機が起った。
アメリカのオバマ大統領は、2011年にフランスで開かれたサミットに出席した際、ヨーロッパ各国を訪問して、「アメリカを当てにしないで欲しい。 アメリカには ヨーロッパの金融を支援するだけの余力がない」 と演説してまわった。 それほどアメリカには力がなくなっていた。 ECはそもそもが弱者連合。 規模が大きくなれば、アメリカや 日本のマーケットに 対抗出来ると考えた。 そして安心してますます働かない国が出てきた。 とくに債務危機が起った国々は、ぶら下がり根性で、最初からくっついただけ。
ヨーロッパ各国が、深刻な経済危機を迎えながらも辛うじて国が保たれているのは、各国が何百年に亘って植民地から搾取してきた埋蔵金があるため。 例えはスペイン。 小さな銀行がやたらに多いが、地下金庫には財産がタップリ眠っている。 アメリカがサブプライムローンを債券化してドイツやフランスに売りつけた時、埋蔵金を持っているスペインに転売して、ドイツもフランスも救われている。

サッチャー首相が日産に、「イギリスに工場を建て、イギリス人を使って稼いで税金を納めて欲しい」 と頼んだが、イギリス人は働かなかった。 むしろ、アメリカに工場を建てたトヨダとホンダのグウタラなアメリカ人の方が、ヨーロッパよりもマシだったということ。
ギリシャを悪用しょうとしたのが中国。 キプロスは一応独立国となっている。 このため、中国人でもロシア人でもカネを持ってきた人間には永住権を与える。 そこに目を付けたのが中国。
キプロスへのカネはギリシャへ流れて、EU各国へ中国は輸出が出来る。 これに気付いたEUは、キプロスに対して 「閉じる」 ように指導している。 中国はなかなかの悪。

悪は中国だけではない。 ヨーロッパやアメリカも大変に「腹黒い」。 日本は以心伝心で、何でも話が通じる国内で商売をしてきた。
今までどおりで話が通じると考えること自体が間違っている。 腹黒い奴らに 「グローバルの言葉を真に受けてドアを開いてしまったり」、生活も産業も高度化して、「世界市場と世界の情報網に連結し、外国からのサイバー攻撃や細菌、情報、条約攻撃に弱く、用心不足で、しかも余裕資金と善意に溢れた日本」 が、腹黒い連中の好餌の対象にならないと考える方がおかしい。 腹黒い国々が、その日本を黙って見逃すことは絶対にない。 腹黒い彼らと対等に付き合ってゆくには、それなりの覚悟が必要。

アメリカのことを知るには、アメリカに多大な影響を与えているユダヤ思想のことを知らねばならないと筆者は説く。 ユダヤ人がエジプトを出て、イスラエル周辺の土地にやってきた。 その時ユダヤ人は 「神が許したことだ」 として、先住民を片っぱしから殺し、土地を奪いとった。
ヨーロッパからアメリカへ渡った人がやったことは、ユダヤ人と全く同じ。 先住民のインデアンを殺して、神の名で土地を奪いとった。 そのユダヤ人は、カネを儲けるために、国際金融資本を作った。 戦争であれ何であれ、カネが動けば儲けが出る。 このためにグローバルリズムと言うユダヤ的な一神的な考え方が出てくる。 国家を大切にする 「ナショナリズム」 と敵対する。 
ところが、グローバルリズムが、国内改革と利害が一致する場合がある。 このためにユダヤ的なグローバルリズムを盲信する一派の存在が、話をややこしくしている。

日本は国家をはじめとして、軍隊などの防衛システム、政治、裁判所、警察、税務署、医療、教育、金融などのビックシステムが全面的に信用されている世界で唯一の国である、と言っても過言ではない。 あらゆる調査をやって、日本ほど国民から全面的に信頼を受けている国は、世界でも例を見ない。 だからこそ 2016年を境にして、「日本の時代が本格的に始まった!」 と言えるのであるが‥‥。
私は台湾の人から、「日本は 台湾の独立のために本当に頑張ってくれた!」 と心の底から感謝されて、ビックリしたことがある。 同じことを、インドネシア人、マレーシア人、インド人が言っていることを本著で知り、驚いている。 
そして、日本人が本当に東南アジアの国々を独立させたいと考え努力したことを、アメリカやイギリス人はよく知っていた。 彼らがしたことは間違いなく侵略であった。 その自分達がやっていたことをよく知っているから、「あの戦争は、日本の侵略であった」と言い続けなくてはならなくなってきている、と本著には書いてある。 このアメリカやイギリスの主張に声を併せているのが韓国であり、中国。
残念ながら、私か直接聞いたのは台湾人から‥‥。 あまりにも、私が聞いてきた日本の歴史や韓国や中国とは話が違い過ぎて、どこまで信用して良いのかで悩んできた。 
同じことが、インドネシア、マレーシア、インドでも起っている。 私は、これからは「日本が本気で、東南アジア諸国の独立を考えて支援していた、という説を支持したい」 と考えている。
当然、異論も多かろう。 しかし、この著書で書いていることを全面的に否定出来るほどの資料が、私にはない。

「日本人は、本当に親切だ」 という声は多く聞く。
著者は2000年の歴史を背景に、日本人ほど 「直感力」 に優れた、頭の良い人種は他に無いと書いている。
中国からの留学生で、「なぜ日本人は、私に親切なのかが分からない」 と言って、10年間悩んだという。 そして、10年目で初めて結論がわかったという。「日本人は、何も考えていない。 剣術の極意とか禅の悟りと一緒で、何かを考えて親切にしているのではない。 何も考えなくて、親切にしてくれているだけだ‥‥」 と。
つまり、普通の国民が、皆親切で優しい。
何も求めていなくても、国民は世界一優しくて賢い。
育ちの良い日本人が作るから世界一の高級品が出来る。 日本人が作ると、どんなものでも 「文化的」 になる。 日本人の作る質の高い 「文化」 を、2016年を契機に 世界が求め始めたということ。

ここまで書かれると、自信が出てくるというよりは、お尻がムズかゆくなってくるのだが‥‥。


posted by uno2016 at 10:20| Comment(0) | 技術・商品情報 | 更新情報をチェックする

2016年07月20日

熊本地震に対する4氏の力作が掲載されている住宅ジャーナル8月号



「月刊 住宅ジャーナル」8月号 (エルエルアイ出版 1000円+税)

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熊本地震に対して、私は熊本の現地を訪ねたことがない。
新聞やテレビで概略を知らされただけ。 
月刊「住宅ジャーナル誌」の6、7月号や、姉妹誌「プレカットユーザー」誌の第16号で、M′s構造設計の佐藤代表による長文の現地取材報告書を読んでいたので、ある程度の知識はあるはずだと考えていた。 しかし、今回4つの熊本現地調査報告書は いずれも迫力満点で、既存の知識を破壊してくれる内容ばかり。 ´
まず①は、6月16日のツーバィフォー40周年記念講演における五十田博京大教授の「ツーバイフォー工法の40年と今後の可能性」。 ②は、6月20日にM′s社など3社が主催の東京新宿セミナーが開催され、「熊本地震から学ぶ‥‥貴方の住宅は大丈夫ですか?」 という上述の 佐藤実代表の話。 
③は、インスペクター協会が6月15日に開催した北工房の栃木渡社長の 「建築士が見た正しい壊れ方」。 さらには、④はジャパン ホームシールドが5月9日から15日の6日間にわたり現地へ派遣した4人の調査マンの調査報告に基ずき、6月22日に開催した小尾英彰地盤地質研究所長の「地盤のプロが見た被害の実態」で、いずれもに感銘を与える。

このうち、詳細な報告書を入手できたのは①と②だけ。 ③の栃木氏の話には詳細な報告書がなく、④の地盤の話は、いくら資料があっても液状化、擁壁や崖地の崩壊、断層変位による被害などは私の専門外。 詳しく解説など出来るわけがない。
したがって、資料が揃っている ①の五十田京大教授と、②のM′s構造設計の 佐藤代表の話を中心にして、私の疑問点と関心事を主に記してゆきたい。
ご案内のように、私は北米で普遍化しているツーバイフォー工法を、オープンな形で日本へ導入した張本人。 とは言っても、私はツーバイフォー工法こそが 絶対的なものだと思っていたわけではない。 
私は木造住宅が大好き派。 
日本の在来木軸工法の改善の方向を探っているうちに、北米のツーバイフォーにブチ当ったと言うわけ。 そして調べてみると 耐震性能や耐火性能が日本の在来木軸に比べてはるかに良い。
そして、アメリカでの価格を調べてみたら、日本より50%も余分に資材を使い、40年前で日本の大工さんの10倍近い時給を払いながら、日本よりはるかに住宅価格が安いではないか!
その秘密は、現場の生産性の高さにあった。
これは一大事。
建築現場の生産性を上げるために、何としてでもツーバイフォー工法をオープンな形で導入し、日本の木質構造の建築現場を変えてゆくしかない。 こうした決意でツーバイフォーに取組んだ。

そしてすぐ後に、阪神淡路大震災と中越地震が日本を襲った。
耐震性のもろい在来木軸工法は、軒並み大きな被害を被った。 正直なところ、私は木軸工法は命を絶たれたと考えたほど。 ほとんどの通し柱が折れて、惨状をさらけ出し、多くの消費者の尊い命を奪ったしまった。 これは絶対に許せない建築業者と建設省の横暴事件、と私は捉えた。
ところが、阪神淡路と中越地震を契機に、金物工法が開発されて 地震でも折れない通し柱が誕生してきた。 このため、どれほど私がホッとしたことか‥‥。
しかし、残念ながら金物工法はどこまでも木軸工法を大前提に考えている。 3尺毎に柱を入れ、
3尺間隔に集成材の根太を入れている。 このため大変に頑丈な工法になった。 ちょっとやそっとの地震にはビクともしない。 しかし 材積はツーバイフォーに比べて30%も多くなり、割高なものになってしまった。
その時、昨年死亡した北海道の高倉氏から緊急の電話が入った。
「北海道で、ツーバイフォーのパネル化が進んでいる。 大変喜ぶべきことだが、浮かれてばかりいる訳にはゆかない。 運送の関係でパネルの大きさは 2間半かせいぜい 3間が限度。 このため、外壁はアメリカのように1本物で強度を確保することが出来ていない。 どうしたらよいだろうか‥‥」という相談ごと。
私は、北海道の仲間が外壁を206材でパネル化して、2間半か3間ごとに606の通し柱を建てている事例を目撃していた。 もちろん 内部は404の通し柱。 そこで勢い込んで 「606の通し柱を建て、合板を外側から455ミリ離れたところから打ち出す方式を明文化する。 すると合板は通し柱を挟んで両面のパネルに現場打込ちになる。 外壁は一体化して、最高の収まりが得られる。 もちろん2階根太は I ジョイストを使えば安く上がる」 と言う具体案を提示した。 これこそが ツーバイフォーと在来木軸との最高のドッキング例だと思った。

しかし、高倉氏は北海道で606の通し柱を使った具体例は知っていたが、「これはツーバイフォーと在来木軸との悪しきドッキング例になるかもしれない」 と懸念したらしく、折角の具体例が 陽の目を見ず、闇の中に消えてしまった。 私は今でも このドッキングが成功しておれば、ツーバイフォーと在来木軸が正しく一体化していたはずだと悔やんでいる。
と同時に、私は京大の五十田教授の論文を読んで、非常な違和感を感じたことも事実。 それは、日本の在来木軸の基準が、経験と勘によって法制化されており、ツーバイフォーにも同様な欠陥が見られるという指摘。
これは、おかしい。 アメリカの実態を知らなさすぎる。
アメリカでは、大工さんの在来のやり方を変え、生産性をあげるためにNAHB (National Assocition of Home Builders、全米ホームビルダー協会) が中心になって、全国の学者を 総動員して 新しいマニュアルを作成した。 そのやり方は、「タマップ方式」 と言って、日本ホームズ社の松田専務が、その貴重な映画をわざわざ私に見せてくれた。
タマップ方式というのは、職人さんの伝統的なやり方をどこまでも尊重する方式。
とりあえず、大工さんに 今までのやり方で作業をやってもらう。
その動作や段取りを、選ばれた学者や役人、NAHBの現場監督などに黙って見てもらう。
そして、一通り作業が終わった時点で、専門家から段取りや 作業の改善案が提出される。 それは今までの作業内容を根本的に変更する案である方が、より望ましい。 なぜなら、作業内容がより効率化すれば、職人の時給が上がるシステムになっていたから‥‥。

このように、アメリカでは 会員社約8万人と言われる、①NAHB (全米ホームビルダー協会) が中心になって現場の生産性向上運動の中心になったこと。 そして ②最初の段階から学者などの専門家の意見を積極的にとりいれていたこと。 ③この機能を確実なものにするため、職人の参加を求め、生産性向上に合わせて時給の改善を図ったこと。
そして、今でもより正しい方法が考案されると、アッという間に全国に広がる。 情報力はすごく発展している。
つまり、日本で言うところの全建総連が音頭をとり、学者や役人などを加え、生産性の向上に合わせて賃金の向上を図ってやおれば、日本でも絶対に成功したはず。 それをやらなかったために、日本の生産性向上運動は盛り上がらなかったし、役人の文章も経験則を重視したものにならざるを得なかったのだと思う。
こうした経緯を知っていただけに、アメリカのツーバイフォー工法を日本化するために金融公庫の原案づくりには細心の注意を払った。 とくに水平剛力を重視する 新しい考え方には、公庫のプロのサジェスチョンもあって配慮した。
それなのに、こうした経緯を知らない京大のツーバイフォーのプロから、揚げ足取り的な批判が出てきたことには、驚きであるとともに当惑した。

私は、大型木構造に対しては、在来の柱、梁方式を残す金物方式には大賛成。
しかし、3階建までの木質構造に関しては、柱、梁方式にこだわる必要は一切認めるわけにはゆかないと考えている。
国産材で204とか206材のパネルを作る方が、はるかに効率的で 価格も安くなる。 同時に3階建まではツーバイフォーの床剛性に学び、大きな集成材の梁にこだわらず、I ジョイストを455ミリピッチに入れた方が耐震強度が得られ、価格的にも20%は安くすることが出来る。 たしかに、606等の通し柱の基礎に取りつける部分と、2階の床が来る部分は、剛な金物が必要になる。
しかしそれ以外の部分では、金物工法にこだわる必要性はないはず。 もっと安くて合理的なツーバイフォー工法に学ぶべき。

こうした私の意見は少数派。 
しかし、ツウバィフォー工法が 全木質構造の1/4を占めるようになったと喜んでいる場合ではない。 全木質構造の普及のために、考えを改めるべきだと思うが,如何であろうか‥‥。


posted by uno2016 at 13:10| Comment(0) | 技術・商品情報 | 更新情報をチェックする
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