2016年07月15日

施主・専門家13氏による会員制クラブの新しい賃貸住宅の試み



「荻窪家族プロジェクト物語」 荻窪家族プロジェクト編著 (萬書房 1800円+税)

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ともかく、取上げるのが遅すぎる!
何しろ、昨年中に朝日新聞、日経新聞、読売新聞、日経アーキテクチュアに 記事が掲載されたという。 それだけではない。河北新報や上毛新聞、建築ジャーナル、新建築にも 昨年中に紹介記事が連載済みだという。
ところが うかつなことに、私は「荻窪家族プロジェクト」については、この著書が出版されるまでは、全く知らなかった。
何しろ、荻窪駅から歩いて7分。
杉並・荻窪4-24-18の約200坪の土地に、鉄筋コンクリート 3階建ての延べ床765.1㎡ (約231坪) の 「地域開放型賃貸シェアハウス的 多世帯集合住宅」 が建てられていたのだ。
こんな ビックニュースにぶつかりながら、何一つ現地を取材もせずに、本を頼りに 記事を書くとは‥‥我ながら落ちぶれたものだと思う。
年内には、その後の動きを探った特集記事を載せたいと希求。

この著は13人の著作から成っている。
自宅とアパートが建っている200坪の土地は、戦後 北朝鮮の羅南から命からがら生き延びてきた親夫妻のもの。 母親は3人の女の子に恵まれたが、一番下の子の三女は 帰還の途中で栄養失調のために死別。 38度線近くの土に埋めてきた。 
父親は捕虜となり、ソ連のエレブカに連れて行かれ、帰ってきたのは かなり後のこと。 そして帰国後の最後のチャンスに生まれたのが、この物語の主人公・四女の瑠璃川正子。 何しろ父母共に1906年生れで、40歳を過ぎての遅産。 このため、両親からは特別に可愛がられたよう。
しかし、父親は教育には厳しく、年違えの姉と同様に薬剤師の資格を、全員が持っている。 それだけではない。 正子の場合は簿記も覚えさせられ、会社の数字にも明るくなるように特訓を受けさせられた。 
しかし、薬剤師としての10年間は、子育てに追われ、専業主婦としての10年間でしかなかった。

母親が介護の生活に入ったのは1996年の90歳の退院の時から。 退院後も看護婦さんが訪問・指導してくれたので、家政婦や姉とともに6年間介護をしたあげく、2002年に母は亡くなった。 
父親は102歳まで元気だったが、102歳から1年間は認知症になって2009年に死去。 父親の介護は実質4年以上続いてた。 この両親の介護を通じて正子はいろんなことを学んだ。 
老いてゆく一時を、どうしたら有意義に幸せに過ごすことが出来るかと、民間の老人ホームに一年間勤めたこともある。 自分達が老人になった時に、どんな住宅に住んだ方が理想的かを真剣に考え、多くの老人ホームや施設などを視察。 
しかし、老人ばかりの住宅を見ているうちに、若者と共存出来る住宅こそ肝要だということに気がついた。 そして2006年に 「NPO法人 ちいきちいき」 を立ち上げて「ひととき保育方南」 を引受けたりしている。
2010年には新聞に載った 「ケアタウン小平」 と宮崎の「かあさんの家」 を 介護のプロの島根八重子さんと一緒に訊ねている。 その折、白十字訪問介護の 秋山正子さんを紹介してもらい、新宿に開設された 「暮らしの保健室」 を見て、「新築するであろう荻窪の施設にも、暮らしの保健室」 を併設する構想を固めている。

ともかく、施主の瑠璃川正子女史の意識は時代を抜いていた。 ほとんどのセミナーに参加して、その道のプロとの出会いも数多くあった。 
このため、そこいらの設計士事務所が作った通り一変の老人ホームのプランや、介護施設を備えただけのプランには満足出来なくなっていた。 
2007年、区の市民大学で、老人社会学の権威・澤岡詩野さんに出会っている。 いろいろ話合う中で、建築家・連 健夫氏を紹介されている。
この連氏との話合いはことのほか順調に進んだ。

まず、施主である二人の考えるそれぞれの試案を、絵に書いて提出してもらった。 この絵は3つから成っていた。 
①オーナーの住戸、②賃貸住宅、③地域への開放施設。 
これを具体化するために、連設計事務所から3つのプランが用意された。 そのプランを比較検討している中で、次第に1つのプランに集約されていった。
2015年に完成した 「荻窪家族プロジェクト」 は、以下の3つから構成されている。 
①オーナーの住戸は3階に設ける。 ただし、オーナー室は賃貸同様シャワー室だけとして、浴室および洗濯室は3階に設ける2つの展望浴室・洗濯室を、賃貸オーナーと共有して使用する。
②2階は主に25㎡の専有賃貸住宅からなる。 中央の北側の階段室を挟んで、左右に5戸ずつと1階に4戸、計14戸 (月額賃貸価格15万円、これにはテラス、共有ラウンジ、共有浴室・洗濯室などの費用が含まれている)。 そして、2階の中央階段室の南側の空間約8㎡ (約2.4坪) は、賃貸14入居者の公共の休憩室、ロビー、客間など、くつろげるラウンジとして使用される。
③1階は、東側は4戸の賃貸住宅。 中央の南玄関や北階段室を除いた西側全部が 地域に開放された集会室、ラウンジ、アトリエとして公開されている。 ごく一部は管理人室になっているが、1階の半分が地域に公開されている例は極めてまれ。 当然のことながら、暮らしの保健室なども早々にオープンしている。 隣人祭りや地域住民が参加したシンポジュウム、百人力サロンも頻繁に開かれているという‥‥。

ともかく、最初はオーナーの自宅からスタートした。 柿や梅の木のあるのどかな庭があり、野菜などがとれる畠仕事が出来た。 それが、やがて2戸のアパートと駐車場に姿を変えていった。
そして、10年近い介護生活を通じて、当初考えていた老人介護のやりやすい家から、多くのプロのアドバイスを得て 「距離感を保ちながら、仲間同士で住む家へ」 へと大きく方針が変わってきた。「そこでは飼い犬も一緒に住めて、高齢者だけではなく赤ちゃんがいたり大学生がいて、さまざまな世代が風のように行き来する住宅地‥‥」 に変わった。「そんな理想郷がないなら、自分でつくるしかない」 という施主・瑠璃川正子さんの熱い決意。
その決意に応えたのが、連設計事務所の柔軟な対応。
ともんかく、設計の段階や施工の段階で、住む人や建てる人の意見を取入れる柔軟さを持っていた。 さらには、「事前リノベーション」 と称して、若い設計士の意見を採用するという予算的な裏付けを伴ったシステムの考案と採用‥‥。

この著を読んでいて、あまりにも参考になる点が多いのにはビックリ。
しかし現実は、はたして施主の思いどおりになっているか、どうか?
その点がどうしても知りたい。 それには、個別の取材が不可欠。
今回は、とりあえず著書の紹介のみ。 
後の楽しみは、秋以降まで待って頂くしかない。




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2016年07月10日

今まで、誰も書かなかった 「量産型資本主義体制の終焉」!?


投資銀行家・ぐっちいーさん著 「ニッポン経済 世界最強論!」(東邦出版 1500円+税)
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こんな面白い著書が出版されていたとは知らなかった。
著者は投資銀行家の山口正洋氏。 1960年に東京生まれ。 慶大卒後、丸紅を経て主にアメリカやシンガポールのなどの金融機関で働いていた現役のビジネスマン。 1986年にブティックな投資銀行を設立。「ぐっちーさん」 というぺンネーム名でブログ・メルマガなどで 人気を博すとともに、朝日新聞出版や扶桑社に連載を持ち、テレビやセミナー、あるいは出版などで大活躍して多忙な生活を送っている。
この本は、今年の2月に刊行された。 そして、小平の図書館には3月には納入され、「新刊到着案内」 に紹介されていた。 それを見た私は、他の目ぼしい図書と一緒に 「見閲希望」 を申込んだ。 同時に申込んだ他の図書はとっくに読み終え、3日以内に図書館へ返却している。そして、この図書を申込んだことは すっかり忘却していた。
そしたら、2週間前に喜平図書館から 「お申込みの図書が到着していますので、取りに来て下さい」 との連絡が‥‥。「いまごろ図書が到着しているなどおかしいな。 きっと、後で申込んだ図書が到着したのだろう」 と図書館へ参上。 そして手渡しされたのがこの本。
読んでみると、やたらに面白い。 私がこの本を手にするまで2ヶ月以上かかった理由が 納得出来た。 早読みで定評のある私が、何と13日間も手元において、熟読している有様。 申込んでから2ヶ月以上かかったのは、当然。

さて、この著書は6章から成っている。
とくに第2章の 「日本の国債は強くて美しい」 と、第3章の 「これが日本のYENの実態」 と、第4章の 「日本株、米国株で儲けるには?」 は、債券の基本的メカニズムや実際に金融投資をやったことのない私には、理解出来ても解説を加える能力がない。
したがって 第1章の 「ニッポンの国力を正しく測る」 と、第5章 「日本にとって良い事だらけの米国経済」 と、第6章の 「私の経済・金融の新思想」 の3章の範囲だけにとどめさせていただきたい。 と言っても、第1章は読んでいただくしかない。 日本経済の先行きに私を含めて多くの人が疑問を抱いている。 それに対して、外人を含めたいくつかの事例で猛反発。 久々にスッキリとした読後感。 残念なかららこれらの全てを紹介することは出来ない。 関心のある向きは、是非この本を買って頂くしかない。 それだけの内容と価値のある一冊だと信ずる。

私が主に取上げたのは、第6章の「私の経済・金融の新思想」。
この中で著者が強調しているのは、現代資本主義経済はこれまでと全く違った次元に突入しているということ。 アベノミクスと言われる金融緩和、円安、公共投資などは 1980年代には極めて効果があったが、現在では全く無力。
そもそも今までの資本主義は、1920年にフォード社の大量生産のベルトコンベアシステムから始まっている。 大量生産システムを可能にするには、それなりの設備が必要になるので 多額の投資が必要になる。 同時に、大量生産には大量消費という裏づけがなくてはならない。 このためには大量生産によって、値段を下げて 「買ってみたい」 という気持ちを起させねばならない。
こうした大量生産されたものが、売れ残っては困るので広告宣伝費に莫大な費用をかけてメーカーは大量消費を図る。 当然価格も下げられ、陳腐化して利益が出なくなると、次の製品が開発され、この繰返えすことによって資本主義は維持されてきた。 つまり、資本と技術力と労働者の数と質が常に問題視されてきた。
日本では戦後、洗濯機、テレビ、炊飯器などに代表される家庭用電化製品や車、衣料品、ドリンク剤、化粧品、医療品などが、こうして全家庭に消費枠を拡げていった。 この場合 消費者サイドの趣向は若干尊重されたが、製品の内容を決めるのはメーカーの開発業者であり、消費者はそれに準じてもっぱら消費するしかなかった。
つまり、問題になるのは供給サイドの生産能力であり、これを喚起するものとして金融政策や公共投資の増大が、経済政策として重要視されてきた。

ところが、先進国の中で最近の10年間の間に、消費者が重大な変化を起して大量生産システムの根本を変えてきている。 つまり、大量生産された工業製品の汎用品を、「皆が持っているから、私も欲しい」 と思わなくなってきた。 むしろ「皆が持っている工業製品はダサクて、カッコ悪い」 と思うようになってきた。
代表的なのが食品。 例えばシアトルでは、レストランのシェフだけではなく、少なからぬ消費者が近郷の農場にまで足を運び、野菜の栽培方法や土壌をチェックしたり、牛や豚がどういう環境やポリシーで飼育されているかをチェックして買っている。 中には 自分で家庭菜園を開いている者まで存在してきている。
つまり、スーパーで売られている大量生産食品の安全性に疑問を抱きはじめてきている。 となれば、自分で農場まで足を運んで確かめるしかない。 この方が、はるかにカッコ良いと考えられるようになってきた。
食料品でさえこの有様だから、他の工業製品の場合は、もっとダイナミックに大量製品からの離脱が進んでいる。 三洋電機が倒産したり、シャープが台湾メーカーに身売りをしたり、ソニーが苦戦を強いられているのは、その象徴と言えよう。 単品の大型需要は もう発展途上国にしかないということ。

大手企業は、消費の多様化という動きにミートするため、どんどん組織を細分化している最中。
だが、「残念ながら大手スーパー、家電の量販店、ファストフードが復活するという目は全くない」 と筆者は言う。 消費者が求めているのは高度なハンドメード。 高度なハンドメードで一つ一つニーズを捉えて、丁寧に造る。 それに対応出来ない企業は、潰れるしかない。
ということは、日本の中小企業こそがその最適さを昔も今も備えているということになる。 お客様の細かい要求を満たす技術力や、サービスの工夫レベルの高さは、現在も全く失われていない。 これから多様化する需要に応えられる人的資本を持っている国は、日本しかない。
インターネットのハード面でも日本が圧倒的に有利。 これだけ早い光ファイバー網を持っているのは世界の中で日本だけ。
このすぐれたIT環境は、大企業だけではなく中小企業も平等に利用出来る。

日本には、まだ 「世界のマイクロビジネスセンターに 日本がなる」 という発想がない。「これは政府が 大企業優先策」 とっているためだが、金融政策を変え 「資金量の3%は必ず従業員10人未満で、創業5年以下の企業に融資すること と縛れば、いい企業がワンサと出てくる」と著者は言う。 私は著者の意見には大賛成。
私は、Q値0.8W以上の住宅を提供出来る中小地場ビルダーを育成したいと考えているが、一条工務店以上のシステムと性能を備えた業者は、未だに出現していない。 問題はQ値の多寡よりも、安心出来る太陽光発電の安い生産システムとその普及システムの開発にある。 こうした面で一条工務店を上回るシステムが開発されず、この数年間は、同社の独占下におかれている。 
中小企業のハンドメードの普及の前に、安くて安全な太陽光とトリプルサッシの開発という現実問題があることを、忘れてはならない。

それと、第5章では 「日本にとって、良い事だらけの米国経済」 が取上げられ、「アメリカの住宅需要が動き始めた」 と筆者は書いている。 
しかし、その住宅需要が、アメリカの地場の中小ビルダーによる分譲住宅方式によるものか、日本的な限られたカスタム需要によるものかについては触れていない。 これについては、専門外の著者に期待することは、最初からムリな相談。 
住宅関係のプロがアメリカに出向いて、その実態を明らかにしてほしいと願う。
posted by uno2016 at 11:57| Comment(0) | 書評(その他) | 更新情報をチェックする

2016年07月05日

2016年  よんでおもしろかってベスト10 (下)



(これは、本来だと6月30日に掲載されるもの。 しかし、今回は前々週に臨時の一条工務店・ i-smartⅡが入ったので、1週間ずらして6月5日の掲載になったことを、前もってお断りしておきます)

今期は読書の関係で、6月早々で上半期のベスト10を締切った。
今年 上半期の1位と2位を決めるのには、やはり迷った。
なにしろ、■印のトップ10候補が110点もある。 前回よりは5点も増えている。
その中から、どれをトップ10にもってくるかで 悩ませられた。 
そして 当然トップ10に入ると思っていた ●市村正也著 「太陽電池入門」 ●田中裕司著 「希望のイチゴ」 ●前間孝則著 「悲劇の発動機・誉」 ●竹中平蔵著 「イノベーションの仕事例」 ●柴田明夫著 「シェル革命の夢と現実」 ●澤満寿子 「チャンスの波に乗りなさい」 ●楡周平 「虚空の冠」(上)(下) などが、ベスト10から姿を消してしまった。


(これは、本来だと6月30日に掲載されるもの。 しかし、今回は前々週に臨時の一条工務店・ i-smartⅡが入ったので、1週間ずらして6月5日の掲載になったことを、前もってお断りしておきます)

今期は読書の関係で、6月早々で上半期のベスト10を締切った。
今年 上半期の1位と2位を決めるのには、やはり迷った。
なにしろ、■印のトップ10候補が110点もある。 前回よりは5点も増えている。
その中から、どれをトップ10にもってくるかで 悩ませられた。 
そして 当然トップ10に入ると思っていた ●市村正也著 「太陽電池入門」 ●田中裕司著 「希望のイチゴ」 ●前間孝則著 「悲劇の発動機・誉」 ●竹中平蔵著 「イノベーションの仕事例」 ●柴田明夫著 「シェル革命の夢と現実」 ●澤満寿子 「チャンスの波に乗りなさい」 ●楡周平 「虚空の冠」(上)(下) などが、ベスト10から姿を消してしまった。

◆10位は、小説が3点。
  
火坂雅志著「美食探偵」
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著者は新潟市の出身で、早大卒の歴史作家。 2009年には NHKの大河ドラマ 「天地人」 で一躍有名に。 しかし昨年、59歳で死去。
この著は、実存した村井弦斎という明治から大正時代にかけて活躍した著述家を主人公に、明治時代を背景にグルメとミステリーで描いたもの。 2005年になって、岩波文庫から弦斎の 「食道楽」 が出版され、50万部を超すベストセラーになっている。 この小説はそれより早く2000年に出版され、03年には講談社が、08年には角川が文庫化している。 私が読んだのは角川文庫。
ともかく、一昔前のことだから、グルメといってもカツレツ、牛鍋、ヒラメのグリル、ウズラのローストにアイスクリンしか出てこない。 これに、死者の復活、衆人の中での殺人、人間消失などの事件が絡んでくるのだが、なかなか楽しく読ませてくれる。
ともかく、時代背景がすぐれているので、あっという間に読み終えた。

池井戸潤著「銀翼のイカロス」
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この著書は5月10日のこの欄で取上げている。 
JALの再建のために、500億円もの大金を銀行側に泣いてくれという虫のよい話が、当時の民主党の指導者から強制された。 これでは絶対にJALの体質改善にはならないと、東京中央銀行の頭取は、窓口を営業第二部へ勝手に移した。 移されて困ったのが窓口となった半沢直樹次長。
そこから、当時の民主党を相手に血みどろの戦いが続いてゆく。
細かいことは前に書いたとおりで、ギリシァ神話ではミスノ王に牢屋に繋がれた親子は死んでしまうのだが、この小説では見事にJALと政府の圧政を払い除けてしまう。 その見事さに、思わず感動してしまうのだが、清々しさはいまでも失せていない。 このような小説が、現実的に存在したのだというこ、忘れてはならない。 

幸田真音著「ランウェイ」(上)(下)
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ランウェイとは、ファッションショーでモデルが最新の衣装を纏って歩く「花道」 のこと。
主人公の柏木真昼は、商社勤めを辞めてファッション業界のバィヤーとして飛込み、ミラノやパリへ買付けに行き、常にファッションショーを眺めていた。
ところが会社がおかしくなり、華やかなバイヤーの仕事がなくなった。 しかし、一度見た ランウェイの魅力から抜け出せない。 なんとか両親を騙してニューヨークへ辿り着いた。 そこで、アルバイトの外人女性とシェアハウスを借りて同居。 アメリカでは高い家賃を払うためにシェアハウスが当り前。 その女性がやっていたアルバイトのモデルで 再びランウェイを歩くことになった。 これが契機となって自らがファッションを発信してしてゆくようになる サクセス・ストーリー。 ともかく、平穏が訪れることは皆無。 喜び、悲しみ、興奮、不安、欲望、嫉妬、侮辱、落込み、希望とトラブルが絶えず渦巻いている。 その中で成功の階段を駆け上がる一人の女性を描き切った好読物。 余りにも順調に行きすぎる点が気になるが、著者の筆力には降参。


◆9位は青木高安著「山村留学」。
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この著書は、2月29日付のこの欄で紹介している。
それを読んで頂くのがベストだが、多忙の方のためにとりあえず概略を説明しておきたい。
著者の青木孝安氏は、今年で86歳。 師範学校を出て中学、小学校の教授をしていたが、1967年の37歳の時に教師をやめ、翌月から家庭教育誌 「育てる」 を発刊。 ともかく20人程の人々に支えられて新しい教育活動に取組む。
毎月編集会議を開いていたが、6月の編集会議に 「夏休み中の子供の過ごし方」 について議論をした。 そしたら、「受験1本槍で、子供は自己中心で社会性が育っていない」 という強い意見が出されてきた。 そして、各地と交渉した結果、長野県の八坂村が2泊3日の 「山村留学」 を受入れてくれた。 いろいろ改善して募集したら、なんと担当の先生を含めて900人もの想像を絶する応募があった。
その後、「山村留学センター」 を建設して 事前研修を充実させるなど、68年間にわたって 「山村留学」 を成功理に軌道に乗せてきている。 文字通り、子供も親も村の意識が一変してきている。 実に頼もしい運動。


◆8位は建築から2点。

森山高至著「非常識な建築業界」
2015年に騒動になった新国立競技場問題。 皆が驚いたのは 「建築費がいくらかかるか、本当のところは誰も分かっていない」 との建築士の発言。 公共事業で示される予算額は、あってないようなもの。 ともかく 「建築家」 と呼ばれる人々は、皆が驚いてくれるものを やたらに建てたがる人種だということが明快に。 こんな建築家に任せていたことがそもそも間違い。
そのほか、コンペ疑惑の浮上やマンションの傾斜問題など、建築業界を揺るがす問題が立て続けに発生。 これは氷山の一角であって、今後も似たような問題が発生するだろう。
「どや建築」 と言う名で公共施設に税金がムダ使いされないために、危険なマンションを買わないために、寿命が短い持ち家を入手しないために、庶民が知っておかねばならない建築業界の不条理。 その実態の一部を教えてくれている。

仙田満著「人が集まる建築」
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これは、5月5日にこの欄で紹介している。 今回は、建築家の書いたものを読む機会に恵れた。 そのなかでトップにランクされた隈研吾氏と並んで面白いと感じたのはこの著。 著者は 菊竹清訓事務所で学んで1968年に26歳で 「環境デザイン研」を設立して独立。 この独立までの26年間を第一期、次の1994年迄の円熟の26年間を第二期、そして78歳になる2020年までの26年間を第三期と呼んでいる。
ともかく、この間に広島の市民球場をはじめとして各種スポーツセンター、医療施設、ショッピングセンター、ドーム、図書館、文化・科学会館、博物館など23施設もの代表的な建築物を手掛けている。 中でも目に付くのは、昔から 「こども研究」 で実績をあげてきているだけに、23施設のうち約1/3の7施設がこども関係の施設。 このうち保育園と幼稚園を兼ねた 「ゆうゆうのもり幼保園」 を紹介しているが、①身体機能の充実、②社会性の遥藍、③感性の育成、④創造性の確立、⑤挑戦性の体得などに、見習うべき点が多い。


◆7位は、大村大次郎著「カネの流れで読む日本の歴史」。
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この著書は、6月3日の独善的書評欄で取上げている。 筆者は元国税庁調査官。 私達が教わったことのない視点で日本史を読み解いていて、大変参考になる。 そのうちのほんの一部を紹介。
「日本は、古代から《技術立国》だった!」 という紹介に ビックリさせられたのは、私だけではなかったはず。 何しろ、古代の日本には文字がなかったので、中国からもたらされた文明を利用することによって国の形が生まれ、稲作の導入によって狩猟の民から解放されて、弥生式の定着民族へ移行することが出来たと教わってきた。
ところが、青森の三内丸山遺跡の発掘で、紀元前3500~2500年にかけて、クリだけではなく、ヒエやヒョウタン、ゴボウなどの栽培や、カキの養殖を通じて1500~2000年間もの間、数十人から数百人が定住していたことが分かってきている。
それだけではない。 三内丸山だけが特出した存在ではなかった。 櫓のついた船や、漆を塗った器、鹿の皮から造った衣服やヒスイ、琥珀で作られたアクセサリーやアスファルトまで発見されていて、三内丸山のような集落が日本には沢山あり、船による交易で、「早くから《技術立国》 として際だった存在ではなかったか」 と言われるようになってきている。

◆6位は、上坂徹著「成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?」
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これは5月30日付けのこの欄で取上げている。 2年前に出版された本。
ともかく、スーパーの数はやたらに多い。 そして、どのスーパーもアメリカの小売革命を契機に生れて来たものだと私は信じていた。 つまり私は、亡くなった渥美俊一氏の忠実な飼犬に過ぎなかった。
しかし、ご存知のように、イオンやイトーヨーカ堂、西友系統のスーパーが、過日の勢いが見られず、撤退気味のところが多い。 その理由は人口の老化と人口減によるものだと思っていた。
ところが、7月10日号で取上げることにしている山口正洋著 「ニッポンの経済 世界最強論!」 初めて知ったのだが、「20世紀を凌駕していた大量生産、大量消費の時代がアメリカや日本などの先進国で完全に終焉して、これからは消費そのものが変わり、消費者も大きく変わる‥‥」 と断言している。
私は、この本を読むまでは 《成城石井》 というスーパーの存在そのものを知らなかった。 何とか小金井南口の駅前店見つけて、2日間通ってみた手記。 同スーパーは 《食》 にこだわり、ヨーロッパから冷凍船でワインやチーズ、生ハム、バターなどを輸入しており、国産の牛肉に関しても、特別な配慮を行っているということがよく分かった。
しかし焼酎派であり、発酵食品派である私には、残念ながらそれほど魅力的な店ではなかった。

◆5位は、鈴木哲夫著「期限ぎれのおにぎり」。
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この著書は5月20日に紹介済み。 大災害が起った時、責任ある立場の人はどんな行動を取るべきかを論じていて、非常に参考になった。 この時は3人の意見を紹介しているが、今回は森長岡市長1人だけを紹介したい。
長岡市は2004年の中越地震では 全国から手厚い援護を受けた。 そのお礼を兼ねて、東日本大震災の折は、黙って福島から 1000人の原爆被害者を受入れている。 しかし1000人の中には97歳のお爺ちゃんも居れば、車イスの人も、妊娠9ヶ月の妊婦もいる。 それらを、制限なしで受入れるということは、受入れる側でかなりの覚悟が必要。
それと、長岡市は個人からの支援物資は全部お断りしている。 というのは、1つの箱にトイレットペーパーから肌着、離乳食まで入っている。 その親切心は有難いのだが、それを分類する職員がいない。 何よりも人手不足なので、こうした箱が倉庫にビッシリ積まれたままに‥‥。
それと、温かいおにぎりを食べてほしいと、わざわざ真空パックに入った温かいおにぎりを届けてくれたところがあった。 しかし、この思いやりも残念ながら通用しない。 とてもじゃないが温かいうちに、200ヶ所以上ある避難所に配れない。 震災が起きた時、トップがまず考えねばならないことは、「絶対に食中毒を出してはいけない」 という鉄則。
温かい真空パック入りのおにぎりは、その日のうちに配れれば良いが、翌日の夕方にしか被害者に配れないと分かった時点で、「廃棄処理」 を決めざるを得なかった。 これを知った新聞社から避難の声があがったが、トップとしては廃棄処理しかなかった。

◆4位は、スティーブ・レヴイン著「バッテリー・ウォーズ」。
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アメリカ人の著者は、この本を書くために多くの仲間に相談したらしい。 そしたら 異口同音に「止めとけ」 と言われたという。 ご案内のとおり、リーマンショックで世界経済がダウンした時に、人々はリチウム電池の進歩で、近い将来には必ず電気自動車の時代がやってくると確信した。 オバマ大統領は 「2015年には アメリカ国内で100万台の電気自動車が走っているはずだ」 といった。 アメリカがその気になれば、イノベーションは簡単に起せると考えた。 そうなれば 石油の枯渇も心配がなくなり、大気汚染問題も方が付く。「これほど理想的な将来図はない」と 誰もが考えたとしても不思議ではない。
リチウムの蓄電池の原理は至って簡単。 放電の時に 正電荷をもつリチウム原子が、負極から正極へ移動する。 その時、リチウム原子を反対に正極から負極へ移動させれば蓄電が出来る。 基本的に電池の性能は、電極に使う素材、リチウム原子が通る電解質の種類の組合せで決まる。国立アルゴン研は ニッケル、マンガン、コバルトの複合素材で次世代電池の開発に挑んだ。 エンピア社はアルゴン研とライセンス契約して商業化に動き出した。
ところが、充電をくりかえしているうちに電圧が下がって放電電圧の劣化と言う問題が起り、誰も解決策を用意することが出来ず、当然のことながら多くのベンチャー企業は資金不足に見舞われて、頓挫することになった。
この物語は、アルゴン研が紆余曲折を経てエネルギー省のコンペで勝利して、共同開発に一歩踏み出すところで終わっている。 次世代電池の開発は、容易でないことを教えてくれている。

◆3位は、日経産業新聞編の「ロボディスク最前線」。
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ロボディスクとは、ロボット工学のこと。 
この著は、日経産業新聞の13人の記者によって書かれたもので、ドローンから東京オリンピックまでの幅広いロボットの活躍を、具合的に紹介している。 4月22日の独善的週刊書評に掲載しているので、関心のある人は読んでいただきたい。
「ロボット業界は、黄金の時代に突入した」 とこの著書では宣言している。
今までは、産業用ロボットというと、もっぱら自動車工場などでの 《ものづくり》 の現場に活用されてきた。 それが、単にものづくりの工場の現場だけではなく、これからは倉庫の管理や流通面の合理化にも活用が期待される。 それだけではない。 建設現場の解体作業にも多用されるようになってきている。 ごく近い将来には、ドローンが飛び回って、あらゆる建築物の 《保守点検・検査の主役》 になるだろうとまで言われている。 ともかく、建築業界においては、ロボットを多用するか否かが、業績を左右するようになるかも知れない。 正にロボットさまさまで、黄金時代と言うのはあながち夢でないかもしれない。
それだけではない。 医療関係での開発にも高い期待が寄せられ、高齢化社会での 《先端技術開発》 としても、大きく伸びることが期待されている。 また、火山や地震・洪水などのレスキューや警備だけでなく、原発の廃炉などでも積極的な活用が期待。 
一番活躍が期待されているのは防衛。 もちろん ローンが中心になっての防衛ということになるが、ドローンで空撮した情報をもとに、フリッパー型の地上を走行するロボットが、防衛面でも大きな役割を果たすことになろう。

◆2位は、中沢孝夫、藤本隆宏、新宅純二郎共著「ものづくりの反撃」。
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これは、3月25日のこの欄で紹介済み。
この著者は、本来だと福井大経済学部の中沢隆夫だ けで書きあげられていたちもの。 それが今回は東大の藤本隆宏しと新宅純二郎氏との3氏による共作。それたけ慎重を期したということであろうが、この著の性格上、そうならざるを得ないという面も分かる。
とこで各社とも中国‎、タイ、インド、インドネシア、マレーシアなどに工場を作った。 それらの工場の生産性は思ったほど良くなかった。
そして、各メーカーは日本国内にマザー工場は持っていた。 そして、それぞれの国の生産性をどこまでにあげれば、ペイ出来るかを知っていた。 3氏とも今後に置いて、日本の貿易をペイさせるのは製造業の貿易材だと考えている。
その貿易材で、各地に工場を建てて見て、初めて有効な資料が得られ、国内のマザー工場も火事場の馬鹿力を発揮して、完全にペイさせられるという確証が得られてきている。
日本は、各地に工場を建てたことによって、国内のマザー工場の重要性と、各国の実質性の生産性を学んだ。
そういった意味では、各国への進出は実に意味深い物であり、日本の産業界の実力を知る上で、最上の経験になっている。 との報告を聞き、この著が持つ、実に興味深い価値を知らされて嬉しくなった。

◆1位は、隈研吾著「なぜぼくが新国立競技場をつくるのか」
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この著の最後に茂木健一郎氏と隈研吾氏の対談記事が掲載されている。 その中に、今回の本音の部分が全部掲載されている。 1964年の第1回東京オリンピックが開催され、新幹線と高速道路と丹下健三氏の屋内競技場の屋根の線が印象に残り、日本を世界に知らしめる好機となった。
丹下健三氏が戦後の建築の第1人者で、その3人の弟子、槇文彦(1928年)、磯崎新(1931年)、黒川記章(1934年)が第2世代、そして安藤忠雄と伊東豊雄(共に1941年)が第3世代。そして、隈研吾(1954年)や妹島和世氏や坂茂氏が第4世代と言うらしい。
2020年に開催される第2回東京オリンピック。 この原案が公募され、ザバ・ハデット女史案が採用されたのはお馴染み。 しかし、大き過ぎるし、予算のことが配慮されていなかったので、白紙撤回され、設計・工事が組になったA案、大成建設+隈研吾+梓設計とB案、竹中・清水・大林+伊東豊雄+日建設計から選ばれることになった。 村上周三委員長以下以下5人の委員が選んだのは、610対602という僅差でA案。
このA案の中心になっているのはご存知の隈氏で、105センチの防災処理を施した地スギを仕上材として採用の予定とか。
ともかく、大型の老人ホーム建築には206の140センチ材が大量に使われるようになってきている。 これからは、防火構造を持った木材と厚い石膏ボードが、大量に使用されることは、間違いない事実。         

posted by uno2016 at 14:32| Comment(0) | 半年間の面白本ベスト10 | 更新情報をチェックする
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