2016年10月15日

4氏の読者から、貴重な意見をいただきました!



4人の読者の方から、貴重な意見をいただきました。
1番最初のご意見は、一条工務店の最新の石膏ボード張工事に対する施工に関して、私の考えを質すというもの‥‥。
ご案内のとおり、一条工務店は i-cuve とか i-smart に関しては、その性能面の すばらしさといい、また全面的に採用したということもあって、最初の頃はただただ一条工務店の動行に渇目していた。 もちろん、感動を覚えながら‥‥。
その施工実体がどうなっているかも知らずに、同社のモデルハウスを見ただけで、一条工務店をベタ褒めしていた。
ところが、5年ほど前に初めて、同社の i-cuve とか i-smart の現場を拝見。 
その現場で、アメリカでは絶対にやってはいけないということを一条工務店がやっていたので、「一条工務店の石膏ボード張り工事は、在来木軸を中心とした自己流であって、おかしい」 という内容の抗議を行なった。

一条工務店の行為の中で、私が疑問と感じた点は、①一条工務店の施工マニュアルを読むと、壁石膏ボードが先張りするのが正しいように書かれているが、アメリカやヨーロッパでは防火の観点から、天井石膏ボードを先に張るように指導している。 一条工務店のマニュアルは 間違っているのではなかろうか?
②一条工務店の現場を見ると、開口部周辺に45センチとか90センチの 端材を使っている。 これは先の震度6弱から7までの中越地震において、軒並みに剥がれてクレームの対象になっていたもの。 一条工務店ともあろうものが、こうした実態を知らずに、積極的に 端材の活用を指導しているのはおかしい。
③北米やヨーロッパでは原則として4×8尺の構造用合板、石膏ボードを横張りしており、開口部周辺の 構造用合板や石膏ボードは、原則としてコ型にカットして、開口部周辺のヒビ割れを 予防している。 つまり、開口部は構造用合板や石膏ボードくり抜くように指導している。 この原則を日本でも守ってほしい‥‥というものだった。

私は、単にツーバイフォー工法だけに警告を発したつもりはない。 在来木軸工法でも石膏ボードを防火面材として使うことが一般化してきていた。 しかし、在来木軸の現場では こうしたアメリカやヨーロッパでの約束事を忘れ、3×8尺版の普及とともに、日本の現場だけが防火性と耐震性能の悪いシステムが横行している。
こうした在来木軸工法のいいかげんさを含めて忠告を発したつもり。 したがって私の警告は、在来木軸工法を含めたすべての石膏ボード工事を対象にしていた。
しかし在来木軸工法の実態は、旧来の間違いを踏襲しているモノが今でも主流であって、それほど意識的に改善が加えられた形跡を読み取るのは難しい。
だが、消費者からのその後の写真を見る限りにおいては、おおむね賛同出来るように改良されてきているので、安心はしているが‥‥。

ただし、幅40センチの小型のサッシについては、40センチ幅のサッシの採用を一切やめるように指示している会社が アメリカにはある。 ということは、幅は70センチ以下のサッシを使わないように設計陣と消費者に指示している会社があるということ。 また くり抜く場合でも、外壁の構造用合板部分だけはくり抜いて、内部の石膏ボードはそのまま施工している現場も見られた。 そのいずれかを採用すべきなのに、その指示が末端まで伝わっていない現場が日本で見られたことは、まことに残念。
また、廊下などの壁は3×8尺モノ1枚で施工出来るため、一部の入隅部分を除いて、そんなに問題にすべき点は見当たらなかった。
ともかく、大幅に改良されていたことは、良しとすべきだろう。
ただし、私が現場に出向いている時は、即断で処理出来る。 しかし、後での処理となると2重の手間が施工業者にかかることになる。 その損得を考えると、なかなか写真を見て 後で処理させることの是非については、考えさせられるものがある。
これに対して、三井ホームやトステムなど大手の改良がどこまで進んでいるのか?

これに対しては、投書の内容から推測して、かなりの改良が見られたのは事実。
しかし、消費者からの投書では、①床合板が千鳥張りではなかった。 ②吹抜空間には、本来は206の通柱を使うべきなのに使っていなかった‥‥などの欠陥が指摘されていた。 つまり、大手の社員よりは消費者の方が遥かに勉強しており、大手の社員がオタオタと戸惑っている様子が推測出来たのは大変に印象的。
何度も強調するが、私の石膏ボード張りの改善案は、単にツーバイフォー工法の改善だけを目的としたものではない。 むしろ、数としては在来木軸の方が多い。
私の仲間には在来木軸工法の改善に傾注している者も少なくはない。
在来木軸の改善なくして、日本の木造住宅の改善はあり得ない。
しかし、杉山英男先生が亡くなられてからは、日本の伝統工法であった木軸の平行弦トラス工法をまともに取上げる学者はいなくなった。 ほとんどの識者は、明治時代以降に普及したスジカイ工法をもって、それが日本古来の伝統工法であるかのように捉えている。
このスジカイ工法と言うのは 明治以降に木材が簡単に入手出来ない時に、臨時の工法として採用されたもの。 したがって、明治以前にはほとんど日本で見かけることはない。

この説明は、杉山先生からジカに教わった。
私は、杉山先生と共に、「欧米の中心になっているツーバイフォー工法の、日本における普及の重要性は理解していた」 つもり。 このため、杉山先生に 「在来木軸工法において、ツーバイフォーを如何にして普及させるか」 について、再三再四先生の意見をうかがった。
その質問に業を煮やしたのか、先生から「君は、明治以前のスジカイ工法以外で、これぞ日本の伝統工法だと言うべき工法があったことを知っているか?」 と、逆質問を受けてしまった。
その正解は、平行弦トラス工法。
たしかに、明治時代になって簡単なスジカイ工法が普及し、それまで日本の在来木軸工法を支えていた平行弦トラス方式が姿を消したのは事実。 しかし、私は杉山先生のように学問的に日本の伝統的在来木軸工法を捉えていたわけではない。 ただ なんとなく在来木軸工法にも、先生が意図する工法が普及して良いのではないかと考えたまで‥‥。

しかし、その後このスジカイ工法が、在来木軸の最大の欠点と言われるほどになってきた。
原因は、中越地震や熊本地震における在来木軸工法のスジカイ工法の脆さ。
私などは、アメリカの西海岸において106材によるスジカイ工法が普及しているのを見て、慌てて日本のツーバイフォー工法の中に106材によるスジカイ工法を実験により付け加えたりした。
私が怖れていたのは、構造用合板の必要性が高まって、構造用合板の価格が高価になるのではないかとの懸念。 それほど、私は合板業界を信用していなかった。 106材のスジカイを 付加えた目的は唯一つ、合板のベラボウな高値を抑えるため。
しかし幸か不幸かは知らないが、106材の入手が日本では困難だったがために、106材のスジカイ工法は、日本では 普及を見せることはなかった。 ツーバイフォー工法の耐震性は、ほとんどが面材で処理されていった。
そして、スジカイで問題になったのは、在来木軸工法の柱の半分という太いスジカイ。

中越地震が起きた時、豪雪地域の川口町を中心にツーバイフォー工法による建築実績は、ごく限られていた。 これに引換えて、数多く建てられていたのがトステムのスーパーウォール。 そこで震度6弱とか6強を経験した新潟県魚沼町に飛び、知りあいのスーパーウォールの工務店をの現場を訪れて取材した。 
しかし、震度7を記録した主要な被害地は川口町と分かり、トステムの紹介で 同町で建築実績を上げている渡部建築を紹介してもらって、震度7という激震地での取材を続行。
このスーパーウォールは、外壁に構造用合板を使用していたので、震度7の激震地では かなりイカレたものもあったが、倒壊はしていなかった。
それどころか、渡部建設は柱2つ割のスジカイを内部の壁に多用していた。 なにしろ 積雪2~3メートルの多雪地。 柱の太さは最低で4寸の12センチ。 太いのは5寸の15センチ。 この2つ割だから最低で6~7.5センチはある。 よく東京周辺で見かける3センチ厚のスジカイではない。
その太いスジカイに、圧縮力が加わるのだから たまったのもではない。 内部の石膏ボードはすべて飛ばされて 姿かたちがないという有様。 私は、初めて6~7.5センチもあるスジカイのすごさに、圧倒された。 口で柱1/2のスジカイというのは簡単だが、実際にはとんでもない力を持っていることを見せられ、空いた口が塞がらなくなった。
ともかく、多雪地で柱の1/2のスジカイは、やたらに多用してはならないことを知った。

こうした経験を、すでに私は積んでいた。 そして、ツーバイフォー工法は 地震に対してやたらに強いが、在来木軸は地震に対して大変弱いことを立証したのが、中越地震であり今度の熊本地震だったと思う。 つまり、在来木軸工法はQ値よりもS値がやたらに低かった。
しかし、私は必ずしもツーバイフォー工法一方的なファンではない。 在来木軸工法でも 細心の注意を払って施工すれば、十分に震度7の烈震にも対応したS値が確保出来る。
しかし、震度7という烈震に耐え、しかも気密性を維持するということは容易なことではない。
その見極めが出来る地元の手慣れた施工業者を選ぶのは 容易なことではない。 このことを安易に考えている消費者が多すぎるように感じるのだが?

すでに自分の趣向から、在来木軸工法の工務店を選んでしまった消費者から質問を頂いた。
この地元の手慣れた工務店のS値に疑問があるので、質問を投げかけているのだが、未だにはっきりした返事が得られていない。
この施主は、オーディオルームに拘っている。 やたらにオーディオルームこだわる施主は意外と多い。 私も かなりのオーディオ・マニヤに取りつかれた経験がある。 しかし、気密性に配慮すれば、それほど難しいことではない。 その施主が最近になって、それほどオーディオにはこだわっていないと言いだしてきたので、どこまで信用して良いかで困っている。
要は、どれだけ至近距離で施主の考えを聞くことが出来るかどうかがポイントだと思う。
しかし、先に地元の施工業者を選択された場合には、その地元の気密事情に精通している業者の能力を、最大限に活かすのが一番だと思う。
どんな相談にも応じられないことを知った上で、対応していただきたいと願う。 




posted by uno2016 at 09:15| Comment(0) | 技術・商品情報 | 更新情報をチェックする

2016年10月09日

伊東豊雄著 「建築で日本を変える」 (集英社新書 720円+税)



隈研吾氏と共に建築家で私か好きな一人の伊東豊雄氏。
同じ集英社新書から出版された 前著 「あの日からの建築」 は、それなりに良かった。 読ませてくれた。
しかし、今回のこの本は頂けない。 たしかに、舌鋒鋭く 資本主義社会における東京など大都市における 「建築」 の限界を指摘している。
しかし それは反面、伊東氏が東京など大都市で仕事がなくなってきたことを 告白しているにすぎない。 自分の努力を棚にあげて、一方的に他を責めているように感じた。

私は、最近のアメリカのNAHB (全米ホームビルダー協会) の動きには 疎い。
同協会は今でも、かつてのように輝かしい動きを現在も続けているのではないかと推測しているのだが、間違っているのだろうか‥‥。
私の知っているNAHBは、会員社約5万社余を有し、非常に前衛的な存在であった。
その協会の会長や 事務局長を日本へ呼んで、三菱地所など 有力な企業での公演をお願いしたことがある。 堂々とした公演で、大好評を博した。

一方、ビルダーの地位向上に関しては大変に 熱心で、早くから 「オープスペースのある団地の重要性」 を訴え、ランドプランニングや 企業刷新に関する書籍を発行し、会員の意識変革に大きな影響を与え、同時に地場ビルダーの企業力の向上に多大な影響を及ぼしていた。
つまり、日本で見かける業界団体とは、基本的に違っていた。
「産業界は、イノベーションなくしては 生き残れない」。 NAHBはそのことを、つねに公言して はばからなかった。
産業界と言っても、地場ビルダーというのは 従業員25人以下の企業が圧倒的に多い。 NAHBというのは、弱小企業の集まりにすぎない。 そして 日本の常識に従えば、「遅れた業界団体にすぎない」 と、私も当初は考えていた。
しかし、会長と事務局長の話を聞いて、私は少しずつ考えを変えてゆかざるを得なかった。
そして、決定的に考えが変わったのは、アメリカの建築現場を案内されてから。
つぶさにその実態を見てから、「こんな革新的な業界団体が、世の中には存在するのだ‥‥」 という驚きに変わった。
それほど、NAHBの存在は衝撃的だった。

私は、日本の建築現場を、どちらかというとよく眺めていた方。 
ご多分に洩れず、日本の建築現場では大工が威張っていて、古い慣習や生産性の低さが幅を利かせていた。 遅れていて、どうにもならない存在に思えた。
ところが、NAHBはまるきり違っていた。
まず最初に、造船業界に学んで、地場の弱小ビルダーの革新方向を定めた。
それまでは、アメリカの大工さんも日本と同じように オールマィテイの存在だった。 1人の大工さんが、あらゆることをこなしていた。
その大工業に、メスを入れたのである。
つまり、それまで1人の大工さんがでやっている仕事を、徹底的に分解して 造船業と同じように、大工工事を工事ごとに解体してしまったのである。
まず最初になされたことは、フレーマーと呼ばれている 「建て方専門の 2~3人程度からなる 建て方専門チーム」 を結成したこと。
そして、造作大工さんがやっていたあらゆる工事を、それぞれ1人チームの業体に 分解されていった。
例えば、枠付きドアを専門に施工する 「枠付きドア専門工」 とか、幅木を専門的に取付ける 「幅木専門工」 という具合に‥‥。

なかでも見事だったのは、ボード工の解体である。
今まで大工さんが受け持っていた構造用合板を張るボード工と、石膏ボードを張る石膏ボード工は、完全に分離された。
そして、背の大きな2人組の4×14尺の天井を専門に張る天井石膏ボード工と、4×8尺の壁を専門に張る1人組の腕太の壁石膏ボード工に分けられた。
それだけではない。 石膏ボードと石膏ボードを、不離くなく繫ぐ 下塗り、中塗り、仕上塗を綺麗に行うジョイント工や、壁の入済部分を専門に施工するコーナー工まで誕生させていた。
これ等のボード工の綺麗な仕上がり具合や仕事振りを見て、私が驚きの声をあげたとしても、許されるであろう。 それまでの、日本の大工さんの いい加減な仕事振りしか見ていなかった私にとっては、それは脅威を感じるほどの見事さであった。

この見事さを実質的に演出したのは、地場のホームビルダーではなく、新しく誕生したアメリカの石膏ボードの工事業者であったかもしれない。
このことは、すでに何回となく書いている。 しかし、日本の関係者は 私の驚きを単なる興味本位に捉え、誰1人として真剣に考えてはくれなかった。
私は、アメリカの石膏ボード工事の見事さを見ていない者には、アメリカの住宅の建築現場の生産性の高さについて、議論する資格がないと考えている。
つまり、日本の住宅関係者には、誰1人としてアメリカの石膏ボード工事を1週間の時間をかけて研究し、その生産性の高さを立証していない。
まことに情けないが、これが現実。

つまり、アメリカでは、日本の大工さんが1人でやっている仕事を、最低 7~8種の仕事に分離され、専門化されている。 それだけに生産性は高いが、逆に言えば管理がむずかしく 大変だということになる。
今はどうなっているかは分らない。 私がタッチしていた頃のアメリカでは、大都市の60%の需要は分譲住宅であった。 一般のサラリーマンは、中小の分譲住宅業者が、一期に建設する20~30戸の分譲住宅の中から、4戸前後のモデルハウスの中から、自分の家庭にフィットする間取りや外観などを吟味して選ぶ。
そして、すでに土地を持っている40%前後の人は、コストの問題からプレハブメーカーや地場ビルダーのデザインの中から選ぶ場合が多く、日本のように特別高いカスタム・オーダーメイドの比率は、20%を切っていた。
このように、分譲住宅の比率が高いからこそ、30~40年前は、日本の大工さんの 4倍以上の工賃を払いながら、分譲住宅の価格は日本の半分程度と言う価格が出現していた。
それにしても、生産性を高めようとする意欲は驚くほど高かった。

この現実を見て、アメリカのようにプール付きの群馬のヨシダホームや北海道のよねくらホームのように、いきなり分譲住宅へ進出するビルダーも現れた。 その動きを支援する大手の三菱商事なども出現し、その気になって土地購入資金を用意した。
しかし、この動きは一時的なもので、ヨシダホームやよねくらホームは、トップが不慮の死でなくなったとたんに、動きは停止した。 そして、アメリカ並の管理技術を生みだす という苦労は、永遠に封鎖されたまま。
たしかに、アメリカではNAHBが中心になって、コストの安い住宅開発が進められた。 その中心になっていたのは、地場のホームビルダーだったと思う。
しかし、いくら意慾があるホームビルダーといっても、造船業に精通している訳ではない。
各界の情報に明るい特殊な技術を持った技術者か、建築士が中心になったと考えられる。
中でも有力視されるのは建築士。 日本の住宅を考える場合は、建築士の存在を無視することは出来ない。 私が伊東氏や隈氏に期待したのは、そうした背景があってのこと。
しかし、今回の伊東豊雄氏の言動には、完全に裏切られたという気がする。

建築士が思い切ってその能力を発揮するには、大型の分譲開発は不可避。
たしかに、図書館を中心とする地方の公共施設の存在意義に、異論を唱える人はいまい。
しかし、アメリカの平均的な民間が開発した分譲地の40%がオープンスペースであるという事実。 そのオープンスペースの中にプールが 不可欠の条件として設置されており、歩道と車道が完全に分離されている開発地を見ていると、日本のように80%が専有地であるというマンションなどの開発計画には、アメリカの市民は見向きもしない。
アメリカでは、確かに 郊外へ低層住宅群が伸びている嫌いがある。 しかし、日本のマンション生活よりは、はるかにすぐれた 「オープンスペース」 という環境に恵まれたアメリカの郊外住宅地が無数に存在する。

中には、オープンスペースが60以上を占めているゴルフコース付きの分譲住宅が、ロスアンゼルスやラスベガスで、かなり安価な価格で売られている。
こうした民間のオープンスペース団地こそ、建築士が腕をふるうむところではなかろうか?
そうした需要開発に建築士がヨコを向いているところにこそ、日本の民衆の不幸があると言っても過言ではなかろう。
やたらに地方都市に引込むことを考えるよりは、もう少し前向きになっていただきたいとの願いを持たされた著書であった。


posted by uno2016 at 09:11| Comment(0) | 技術・商品情報 | 更新情報をチェックする

2016年10月05日

「生物の多様性」 は内容が漠然としており 「気候の暴走」 に取換えたが‥‥。



私の読書の範囲は、多岐に亘っている。 やたらに範囲が広い。
しかし、政治問題だけは物議を醸しそうなので、最初からノータッチ。
最近 「生物の多様性」 問題が注目されており、最初の頃には工作舎の出版で宮下直著の 「となりの生物多様性」 を取上げるつもりで 準備を進めていた。 ところが内容は、「医・食・住から ベンチャー」 まで多岐に亘っていて、大変に面白かった。 だが この欄で取上げるには、内容が学術的にすぎて相応しくない。
そこで急遽、横山裕道著 「気候の暴走」 (花伝社) に切替えることにした。

ご案内のように、1997年に世界各国の代表者が京都に集まり、国連気候変動条約の第3回条約会議 (COP3) が開催され、「先進国はCO2の改善目標が、1990年比で2008年から2012年にかけて5%を削減する」ことが決められた。 具体的には EUが8%、アメリカが7%、日本が6%。
この時は、開発途上国が猛反発した。
「地球温暖化の責任は、主に先進国にある。 各国が、18世紀以降 率先してCO2を排出して経済成長を遂げてきた。 現在の温暖化の主要な責任は先進国にある」 と反発。 そういった経緯を塾知していたし、アメリカが7%案の国内批准を諦め、温暖化の無政府国になリ下ってしまった。
また、CO2を地中に埋めてしまうという技術が開発されつつあるというニュースも得ていた。
その程度の知識があったことと 最近テレビや新聞で温暖化問題が取上げられていないので、この難問はとっくに解決されたのだと早トチリしていた。
そして、年寄りが片手間に取上げるには、「気候」 の問題は、恰好の問題だろうと軽く考えて取上げることにした次第。

しかし、この本を読んでみて、地球の温暖化問題は、どうにもならないところまで 追い込まれていることを知り、私は世界の動きを正しく把握していない至らなさと、知識の乏しさを 嫌というほど知らされた。
まず昨年の12月に、「これ以上の温暖化に、どうしても歯止めをかけるべきだ」と、パリでCOP21が開催されていた。 これには中国やインドなども参加しており、それまでの京都議定書のように 「先進国のみが 温室効果ガスの削減義務を負っていたものから、2020年以降は途上国を含む全ての国・地域が削減に取組む」パリ協定を全会一致で採択していた。
その背景として考えられることは、たとえ 先進国の温室効果ガスの排出量がゼロになっても、途上国の温室効果ガスの排出量が減らない限り、排出量の増大が続くということが、誰の目にも 明らかになってきたことが挙げられよう。
中国は2007年にアメリカを抜いて世界一のCO2排出国になったのをはじめ、インド、韓国、ブラジル、メキシコなどの途上国が排出する温室効果ガスが、60%を占めるまでになっていた。
「これを今までのように、途上国は別物だと見逃していてはいけない!」 と、すべての国が考えたとしてもおかしくはない。
しかし、インドでは全人口の1/4近い3億人が、未だに電気のない生活を送っている。 貧困からの脱出を考えている各国にとって、排出量の増大は貧困の撲滅と深く関わっている。
このポィントは、絶対に忘れてはならない。

筆者は、こう書いている。
世界が協力して地球温暖化に立ち向かおうと、京都議定書が採択されてから、そろそろ 20年近くになる。 成果は上がっているだろうか?
答えは、残念ながら 「ノー」 である。 温室効果ガス濃度は増え続け、世界の平均気温は 産業革命前から、約1度上昇してしまった。
これに伴い、世界各地で熱波や干ばつ、洪水などの異常気象現象が目立ってきている。
「このままいったら、我々の未来や子供・孫の未来はどうなるのか?」 との心配声が聞こえてくるようになった。
このまま有効な手を打たないと、「今世紀末には産業革命前に比べると4~5℃上昇し、急激な気候変動が襲う」 という見通しが、世界銀行の報告書に記されるまでになっている。
ご存知のようにパリ協定では、2020年以降は途上国を含めた全ての国・地方で、「2度の上昇を目標に踏襲しながらも、1.5度未満に抑える」 という努力目標を採択している。
しかし、これはあくまでも 「努力目標」 であって、削減目標到達に取組む義務は あるが、削減目標の達成は義務化されていない。 つまり、「目標は掲げなさい。 しかし それが必ずしも達成しなくても、罰されることはありません」 というもの。
「京都議定書は、先進国各国に対して罰則規定を設けていたのに対して、パリの合意書は ユルフンだ」 と筆者は言う。

一番問題なのは、途上国に対する資金援助と技術支援。
「先進諸国は年に1000億ドル以上を、2025年までに設定する」 と明記されているが、自発的資金提供に依存しているだけで、この面でもどの国が何億ドル資金提供をするかが謳われていない。
また、途上国が気候変動で損害と被害を受けた時も、国際的な仕組を整えることは 決まっているが、これも具体的な細目が決まっている訳ではない。
したがって、温度の上昇は2度以内に抑えることは以前からの国際目標になっているが、2060年に4度の上昇もあり得る と世界銀行は心配している。 つまり、なにも人為的な行為が行われない場合は、2度の2倍も高い4度と言う水準が、2060年に達成されるのを世銀は懸念。
そして、筆者の予測によると、「4度も急激に変わることはあり得ない。 激変といっても、「明日にでもすぐ変わる」 ということではなく、「少なくとも数年や数十年はかかる」 と 理解することが適切だと指摘。

地球温暖化の影響もあって、国連防災事務局では1995年からの20年間の洪水や干ばつなどの 気象災害で61万人が犠牲になり、被災者は41億人にも及んでいるという報告書をまとめている。
2003年に、フランスのパリを中心に熱波がヨーロッパを襲い、お年寄りを中心に3万人の死者を出す事件があった。
この時の気温は、平年より2.3度高かった程度だという。 世界の平均気温が 4.0度上がったらどういうことになるか、考えただけでも背筋がゾッとする。
また、世界銀行の報告書によると、2010年にロシアを襲った熱波での死者は約5.5万人、火災による焼失面積は1万平方キロメートル、穀物の不作による経済的損失は150億ドル以上に及んだ とされている。
ともかく、世の中には書店やインターネットを中心に、「地球の温暖化などは起っていない」 とか、「心配なのむしろ地球の寒冷化だ」 とか、「CO2の温室効果は取るに足りない」 というような温暖化懐疑論が横行している。 このバックには、経産省が控えていると 筆者は 「あとがき」の中で書いている。 どこまで信じて良いか分らないが、私のようなオッチョコチョイは、こうした本に惑わされる懸念があるのは事実。

しかし、地球温暖化問題を 「でっちあげだ」 と批判し、「パリ協定からの 離脱をちらっかせているトランプ氏 (アメリカ共和党) が、アメリカ大統領に選出されないことを祈っている」 と著者は正直に告白している。 この点に思わず同調したくなるのは、ご愛敬と言って良かろう‥‥。

posted by uno2016 at 07:41| Comment(0) | 技術・商品情報 | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。