2017年01月25日

会社・従業員が一丸となっていたバブル期。昔のように社員を大切にしない会社。

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日経新聞取材班著 「働くということ」 (日経新聞社 1500円+税)

いつもの通り、喜平図書館の 新刊書コーナーに、「商社マンの〈お仕事〉と〈正体〉がよーくわかる本」 と、この 「働くということ」 が置いてあった。 当然のことながら、新刊書と勘違いした私は、前記の本を紹介すべく記事に書いた。 ところが良く見ると前記の本は5年前に発刊されたもの。
そして、日経の取材班が書いて大変に面白いと感じたこの本は、奥付を見ると なんと12年も前に出版されたものだと判明。
当然のことながら、12年も前のモノを取上げることは出来ない。 しかし、書いてある内容は、12年経った今日でも十分に通用する。 とくに世代のズレとか、会社との距離を探ると言う項目は、今でも新しい問題。 その問題に日経の20人余の記者が、まともに取組んでいる。この本を、今までに読まなかった私自身の無策ぶりも、問われている気がした。
そこで、この本の第2章、第3章、第4章に限定して、範囲をどこまでも 「世代のズレ」 とか「会社との距離を探る」 と言う範囲だけに絞って紹介することにした。 したがって この著で言わんとしている 「働くということ」 から、内容が かけ離れたものになってしまったことは、前もってお断りをしておきたい。

ご案内のように、私が住宅ジャーナル誌の編集長をやっていた時は、日本経済の 高度成長時期であり、バブル時代でもあった。 絶えず人手が不足していて、人材を獲得するには、「他社より良い条件」 を出さない限り絶対に不可能。
つまり、思い切った 「高額所得水準」 に会社の体系を 変えられるかどうかがカギ。 私は何の躊躇もなく、「高額所得水準」 に変え、若手の編集者を迎えた。
しかし、日本経済の高度成長は、いつまでも続かなかった。 やがて、バブルがはじけて、早々と「店終い」 が始まった。 私が幸運だったことは、第1次ベビーブームが始まる10年前に生れていたことであろう。 つまり「第1次ベビーブーム」 扱いは、一切受けないで済んだだけではなく、高度成長期の恩恵をまともに受けられた。
統計局のホームページによると、26年10月1日 (2014年) で、図2の通り第1次べビ―ブームの人々はいずれも65歳を超えて65~67歳になっている。 今年の10月1日 (2017年) には平均で68~70歳になっており、たしかに65歳以上の人口増加層は増えるが、15~64歳までの生産年齢減少率を上回ることは、今後10年近くはあり得ないのではなかろうか。
http://www.stat.go.jp/data/jinsui/2014np/

つまり、11年後から約10年間に亘って本格的な 第2次ベビーブームが始まる。
統計局の調査では2014年の10月1日付で、年令が40~43歳までの4年間が第2次ベビーブーム時代だと指摘している。 第1次が3年間だから 第2次の4年間は長い方だろう。 私は勝手に 第2次ベビーブームは約10年間としている。
その方が分りがよい。 だが、それが過ぎるまでの日本の社会は 常に「高齢化社会」 に悩まされ続けるのではなかろうか。
上図から、そんな予測が生まれてくる。 つまり、「日本社会の高齢化」 問題は あと20年間は叫ばれ続けると言う予測。

それ以降に、本格的に問題化するのは、「若手労働力の異常なまでの縮小」 と、「本格的な労働力不足」 であろう。
この極端な労働力不足は、単に日本だけに起る特殊な現象ではない。 中国やアメリカでも起る普遍的な「人口減少現象」。
そのことを知ってから、私の 「世の中の見方」 が変わってきた。
それまでの私は、なんだかだと言っても中国やロシアの革新的な制度に心を奪われていた。 しかし 彼等が言わんとすることは、この世には存在しない抽象的な世界だと知って、基本的な考えの修正に迫られた。たしかに、アメリカ、ヨーロッパ各国において、貧富の差か大きい。 これは中国でもロシアでも変わらない。 唯一例外として挙げられるのが、バブルがはじける前の日本。 日本だけが例外的な 「中産階級の国」 と考えられてきた。
日本には、「終身雇用」 という雇用制度があったからである。
終身雇用制度では、誰もが正社員になれたし、我慢して努力さえ続ければ 半永久的な雇用だけでなく、将来の役職と退職金が約束されていた。 これほど、労働者のことを考えた制度というのは世界に例を見ない。

そういう私だが、編集長時代には 常にこの終身雇用制度について、疑問を感じさせられてきた。
というのは、若手の編集者を雇うということは、一生涯その身分を保障しなければならない。 どんなに出来が悪くても、会社が雇った以上は常に終身を保障しなければならない。 それだけに、雇用に関しては真剣にならざるを得ない。 ところが、私は面接業務が大の苦手。 若い人の 面接と採用は、すべて他の人に任せてきた。 つまり、採用した若手の一生の保障行為だけの責任を負わされてきたということ。
その時に、アメリカ流というか、ヨーロッパ流と言うか、「終身雇用は必要ない。 とりあえず高い賃金さえ払ってくれさえすれば良い」 という人が現れてきた。 これは、私にとっては 「渡りに船」。 これほど都合の良い提案はなかった。
と言うのは、私にとっては高給を払うことは何一つ苦にならなかった。
それまでも、かなりの高給を払ってきたつもり。
それよりも、終身雇用の方が私にとっては頭痛のタネ。 いいてすか。 会社として見れば、終身雇用ほど難しい条件はない。 間違えた人を雇った責任は、一生負い続けなければならない。これほど過酷な条件は、ない。

終身雇用制を維持し、かなり安く人材が入手出来ると言うのは、よほど 名の通ったの企業でなければ不可能。 中小企業では、「絶対にムリな相談」。
そのため、名の無い中小住宅新聞社では、ムリを承知で 「高級」 を払うしか有望な 若手を採用する方法がなかった。
それなのに、「日本的な終身雇用は必要ない。 当面の給料だけ高けれはよい」 という人が現れたと言うことは、私にとってはこれほど好都合なことはない。
そして、この考えは何も小さな住宅新聞社だけに限った傾向ではなく、広く社会全体に 「欧米の新しい給料体系」 として採用されていった。 その中で、日本の社会だけが持っていた 「終身雇用制度」 と 「中産階級国家」 が姿を消してしまった。
この著でも、「終身雇用制度」 を選ぶか、「当面の高価格制度」 を選ぶかで、議論が 分かれている。 しかし、肝心の 「中産階級国家」 についての言及がない。
このため、折角のこの著書に拡がりが期待出来ないモノになっているのは、大変に 残念なところである。




posted by uno2016 at 12:58| Comment(0) | 技術・商品情報 | 更新情報をチェックする

2017年01月16日

この20日間に、8冊の外国人の書いた本を読んだのだが‥‥



どうも、私の多読癖は直らない。
この20日間に、「なんと8冊もの外国人が書いた本を読まされた」。 この 「読まされた」 という表現は正しくない。 「私が意識的に図書館から借りてきた」 と言うべきだろう。
この8冊の本のとは、●外国人がムッとするヤバイしぐさ  ジャニカ・サウスウィック・晴山陽一共著 (青春新書)。 ●美食と嘘とニューヨーク  ジェシカ・トム著・小西敦子訳 (河出書房新社) ●コンピューターに記憶を与えた男  ジェーン・スマイリー著・日暮雅通訳 (河出書房新社) ● 黒い司法 ブライアン・ステーヴンソン著・宮崎真紀訳 (亜紀書房) ●ゼロ・ウェスト・ホーム  ベア・ジョンソン著・服部雄一郎訳 (河出書房新社) ●脳はなぜ都合よく記憶するのか  ジュリアン・ショー著・服部由美訳 (講談社) ●心をひらく・松下幸之助伝 ジェームス・スキナー著・柴田博人監修 (PHP)  ●はらわたが煮えくりかえる  ジェーシー・プリンツ著・源河亨訳 (剄草書房)

この中に紹介済みのモノが2冊だけある。 ご存知のとおり●コンピューターに記憶を与えた男と●ゼロ・ウェスト・ホームの2冊だけ。 私個人としては、あと3冊は紹介しても良いとは考えている。 具体的には、●美食と嘘とニューヨーク、●黒い司法、●脳はなぜ都合よく記憶するのか、の3冊。
しかし、紹介するとなると、私自身がよくその本をマスターしていなければ、紹介などは出来ない。 この3冊に対しては、内容的の理解度には自信がない。
たしかに、紹介したコンピューター関係の本は、私には難しすぎた。 いずれにしろ、私の守備範囲を越脱している。 しかし、読んでいて楽しかった。
それは、翻訳が良かったからだと思う。
たが、最近はあまりにも下手な翻訳が目につきすぎる。 どう考えても、これが 「日本語」 だと考えられないモノが横行している。

私のような語学音痴には、翻訳のうまい下手などを言う資格はない。 そのことは十分に理解しているつもり。
分らないと思われるだろうが、読んでいてゴツゴツしている翻訳が多くぶつかる。 そのいずれもが日本語を無視しているように感じてならない。
具体例を挙げると、上記の 「はらわたが煮いくりかえる」。
もちろんこの本は哲学関係の書で、やたらに難しい言葉が並んでいる。
同商品の内容紹介を見ると、私にはチンプンカンプン。

商品の説明。 (内容は「BOOK」のデータベースよりで、以下のように書かれている)

怒り、悲しみ、喜びといった情動 (emotion) を心理学・認知科学・脳神経科学・文化人類
学・生物学といった多分の知見を用いながら、身体反応の知覚として位置づける。 情動研
究としては必ずしも主流派閥とは言えない。 身体の知覚説をどう擁護するのか。 伝統的
なイギリス経験論の見解を、現代の認知科学を使って復活させる 「認知経験論」 の試み。

これを読んで、貴方はどれだけのことが分ったのだろうか?
私には、さっぱり意味が理解出来なかった。
これが、私1人のことだと、「あの馬鹿野郎が…」で済むかも知れない。 しかし、「何を言わんとしているのか‥‥」 という気持ちになった人が多ければ多いほど、問題ではないだろうか。
ともかく、世の中には理解できないことが、多すぎる‥‥。

posted by uno2016 at 18:04| Comment(0) | 技術・商品情報 | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

ジェン・スマイリー著  「コンピュータに記憶を与えた男」 (河出書房新社 2400円+税)

コンピュータ記憶.jpg

副題は、「ジョン・アタナソフの闘争とコンピュータ開発史」
アタナソフ氏は1903年の生まれで、1995年に91歳で死んでいる。 いわゆる「過去の人間」で、私などはこの本を読むまでは、その存在すら知らなかった。
ブルガリアからの移民で、ニューヨーク州で生まれ、1960年に妻とともにニューヨークから西南に約300キロメートルも離れたメリーランド州の丘の上の農場を終生の棲み家に選んで、そこで生涯を終えている。

筆者は、9歳の時に計算機の使い方をマスターして、すぐに「対数」も覚えた。 高校はたった2年間で卒業し、1925年には最南端のフロリア大を 優秀な成績で卒業して、電気工学の学士号を得ている。
その後、シカゴの西に位置するアイオワ州立大学に進学して 1926年には数学で博士号を取得している。 さらには1930年には、シカゴ市の北にあるウィスコンシン大学のマジソン校で理論物理学で博士号も取得している。
ともかく電気工学の学士号をはじめとして数学の修士号、理論物理学の博士号と、大変な秀才。
そして、アイオワ州立大学で、数学と物理学の助教授の職を得ている。

その学位論文を書く時、当時早くも利用可能であった機械式計算機 (モンロー式計算機) の扱い難さに辟易させられていたアナタソフ氏。
彼の論文は、あまりにも専門的にすぎて、私にはよく分からない。
たった10頁の論文を書くのに、数日もかかったこともあったらしい。
タイプライターのようなキーが100個も並んでいて、ずっしりと重い金属性の卓上計算機。
しかし、これを使う以外には方法がなく、何週間もかけて計算しなければならなかったようだ。
自分だけが努力を求められているのなら、まだ許せる。
しかし、自分が教える立場になった時、教え子達も同じ苦労を強いられている。 それを見ているうちに、彼の考えは自然に変わっていった。
彼の見積もりによると、一人の人間が可能な限界は、未知数8個の数式を8つ解くのに8時間、未知数20個の数式20個を解くのには、125時間もかかる。
この改善を模索していたことが、そもそもアナログ式コンピューター時代を開く動機にになろうとは‥‥本人も気が付いていなかった。 ともかく、モンロー式ではダメなので、IBMのタブュレータの応用を研究したりした。 

こうして、今から81年も前の1936年にはアナログ式コンビュターが完成。
当時アタナソフ氏は34歳という若いアイオワ州立大学の物理学の准教授。 これだと20から30の未知数が限界であって、単に教育や科学の進歩だけではなく産業、行政、軍事の分野でも 深刻な障害になると考えられた。
こうして、アタナソフ氏と院生・クリフォード・ベリー氏のコンピュータ (それはABCコンピュータと言われるが‥‥) が、1937年~1938年にかけて着想が生まれ、1939年11月に試作品が完成している。
このABCに盛込まれた主なアイデアは、二進記数法とブルー理論によって29次線形連立方程式をとくというものであった。 何を書いているのか、私にもさっぱり分らない。 詳しいことを知りたい方は、この本を読んで頂くか、あるいはメールを開いて下記の「ジョン・アタナソフ」を検索して頂くしかない。
http://ja.wikipedia.org/wiki%E3%82%B8%E3%83%A7%E…
ともかく、ABCにはCPUにはない、真空管などの電子部品を高速化するように設計されている。
また、コンデンサによるメモリを備えていて、原理的には今日のDRAMメモリと同じであると言っている。 私には意味が通じないが、分る人には分るはず‥‥。

ともかく、コンピュータを巡る特許紛争は、私のような部外者には絶対に分らない難解なもの。
ENIAC特許といっても、どれだけの人が分っていることか‥‥。
そして、コンピュータが今日の隆盛を見たのは、何もジョン・アタナソフ氏とクリフォード・ベリー氏だけの功績ではない。
考えても見て頂きたい。 実に多くの人々が、ハードだけではなくソフト面での開発を行ってきている。 このために、コンピュータというのは未曽有の発展を遂げてきた。 そして、私などが知らない未知の世界に突き進んでいる。 これは、もはや一部の人の特許を超越して、世界的な規模で拡がって行きつつある。 その中で、貴方がどれほどの役割を果たして行くか?
興味はこの一点に絞られてきていると言っても過言ではなかろう‥‥。


posted by uno2016 at 16:43| Comment(1) | 技術・商品情報 | 更新情報をチェックする
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