2016年07月10日

今まで、誰も書かなかった 「量産型資本主義体制の終焉」!?


投資銀行家・ぐっちいーさん著 「ニッポン経済 世界最強論!」(東邦出版 1500円+税)
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こんな面白い著書が出版されていたとは知らなかった。
著者は投資銀行家の山口正洋氏。 1960年に東京生まれ。 慶大卒後、丸紅を経て主にアメリカやシンガポールのなどの金融機関で働いていた現役のビジネスマン。 1986年にブティックな投資銀行を設立。「ぐっちーさん」 というぺンネーム名でブログ・メルマガなどで 人気を博すとともに、朝日新聞出版や扶桑社に連載を持ち、テレビやセミナー、あるいは出版などで大活躍して多忙な生活を送っている。
この本は、今年の2月に刊行された。 そして、小平の図書館には3月には納入され、「新刊到着案内」 に紹介されていた。 それを見た私は、他の目ぼしい図書と一緒に 「見閲希望」 を申込んだ。 同時に申込んだ他の図書はとっくに読み終え、3日以内に図書館へ返却している。そして、この図書を申込んだことは すっかり忘却していた。
そしたら、2週間前に喜平図書館から 「お申込みの図書が到着していますので、取りに来て下さい」 との連絡が‥‥。「いまごろ図書が到着しているなどおかしいな。 きっと、後で申込んだ図書が到着したのだろう」 と図書館へ参上。 そして手渡しされたのがこの本。
読んでみると、やたらに面白い。 私がこの本を手にするまで2ヶ月以上かかった理由が 納得出来た。 早読みで定評のある私が、何と13日間も手元において、熟読している有様。 申込んでから2ヶ月以上かかったのは、当然。

さて、この著書は6章から成っている。
とくに第2章の 「日本の国債は強くて美しい」 と、第3章の 「これが日本のYENの実態」 と、第4章の 「日本株、米国株で儲けるには?」 は、債券の基本的メカニズムや実際に金融投資をやったことのない私には、理解出来ても解説を加える能力がない。
したがって 第1章の 「ニッポンの国力を正しく測る」 と、第5章 「日本にとって良い事だらけの米国経済」 と、第6章の 「私の経済・金融の新思想」 の3章の範囲だけにとどめさせていただきたい。 と言っても、第1章は読んでいただくしかない。 日本経済の先行きに私を含めて多くの人が疑問を抱いている。 それに対して、外人を含めたいくつかの事例で猛反発。 久々にスッキリとした読後感。 残念なかららこれらの全てを紹介することは出来ない。 関心のある向きは、是非この本を買って頂くしかない。 それだけの内容と価値のある一冊だと信ずる。

私が主に取上げたのは、第6章の「私の経済・金融の新思想」。
この中で著者が強調しているのは、現代資本主義経済はこれまでと全く違った次元に突入しているということ。 アベノミクスと言われる金融緩和、円安、公共投資などは 1980年代には極めて効果があったが、現在では全く無力。
そもそも今までの資本主義は、1920年にフォード社の大量生産のベルトコンベアシステムから始まっている。 大量生産システムを可能にするには、それなりの設備が必要になるので 多額の投資が必要になる。 同時に、大量生産には大量消費という裏づけがなくてはならない。 このためには大量生産によって、値段を下げて 「買ってみたい」 という気持ちを起させねばならない。
こうした大量生産されたものが、売れ残っては困るので広告宣伝費に莫大な費用をかけてメーカーは大量消費を図る。 当然価格も下げられ、陳腐化して利益が出なくなると、次の製品が開発され、この繰返えすことによって資本主義は維持されてきた。 つまり、資本と技術力と労働者の数と質が常に問題視されてきた。
日本では戦後、洗濯機、テレビ、炊飯器などに代表される家庭用電化製品や車、衣料品、ドリンク剤、化粧品、医療品などが、こうして全家庭に消費枠を拡げていった。 この場合 消費者サイドの趣向は若干尊重されたが、製品の内容を決めるのはメーカーの開発業者であり、消費者はそれに準じてもっぱら消費するしかなかった。
つまり、問題になるのは供給サイドの生産能力であり、これを喚起するものとして金融政策や公共投資の増大が、経済政策として重要視されてきた。

ところが、先進国の中で最近の10年間の間に、消費者が重大な変化を起して大量生産システムの根本を変えてきている。 つまり、大量生産された工業製品の汎用品を、「皆が持っているから、私も欲しい」 と思わなくなってきた。 むしろ「皆が持っている工業製品はダサクて、カッコ悪い」 と思うようになってきた。
代表的なのが食品。 例えばシアトルでは、レストランのシェフだけではなく、少なからぬ消費者が近郷の農場にまで足を運び、野菜の栽培方法や土壌をチェックしたり、牛や豚がどういう環境やポリシーで飼育されているかをチェックして買っている。 中には 自分で家庭菜園を開いている者まで存在してきている。
つまり、スーパーで売られている大量生産食品の安全性に疑問を抱きはじめてきている。 となれば、自分で農場まで足を運んで確かめるしかない。 この方が、はるかにカッコ良いと考えられるようになってきた。
食料品でさえこの有様だから、他の工業製品の場合は、もっとダイナミックに大量製品からの離脱が進んでいる。 三洋電機が倒産したり、シャープが台湾メーカーに身売りをしたり、ソニーが苦戦を強いられているのは、その象徴と言えよう。 単品の大型需要は もう発展途上国にしかないということ。

大手企業は、消費の多様化という動きにミートするため、どんどん組織を細分化している最中。
だが、「残念ながら大手スーパー、家電の量販店、ファストフードが復活するという目は全くない」 と筆者は言う。 消費者が求めているのは高度なハンドメード。 高度なハンドメードで一つ一つニーズを捉えて、丁寧に造る。 それに対応出来ない企業は、潰れるしかない。
ということは、日本の中小企業こそがその最適さを昔も今も備えているということになる。 お客様の細かい要求を満たす技術力や、サービスの工夫レベルの高さは、現在も全く失われていない。 これから多様化する需要に応えられる人的資本を持っている国は、日本しかない。
インターネットのハード面でも日本が圧倒的に有利。 これだけ早い光ファイバー網を持っているのは世界の中で日本だけ。
このすぐれたIT環境は、大企業だけではなく中小企業も平等に利用出来る。

日本には、まだ 「世界のマイクロビジネスセンターに 日本がなる」 という発想がない。「これは政府が 大企業優先策」 とっているためだが、金融政策を変え 「資金量の3%は必ず従業員10人未満で、創業5年以下の企業に融資すること と縛れば、いい企業がワンサと出てくる」と著者は言う。 私は著者の意見には大賛成。
私は、Q値0.8W以上の住宅を提供出来る中小地場ビルダーを育成したいと考えているが、一条工務店以上のシステムと性能を備えた業者は、未だに出現していない。 問題はQ値の多寡よりも、安心出来る太陽光発電の安い生産システムとその普及システムの開発にある。 こうした面で一条工務店を上回るシステムが開発されず、この数年間は、同社の独占下におかれている。 
中小企業のハンドメードの普及の前に、安くて安全な太陽光とトリプルサッシの開発という現実問題があることを、忘れてはならない。

それと、第5章では 「日本にとって、良い事だらけの米国経済」 が取上げられ、「アメリカの住宅需要が動き始めた」 と筆者は書いている。 
しかし、その住宅需要が、アメリカの地場の中小ビルダーによる分譲住宅方式によるものか、日本的な限られたカスタム需要によるものかについては触れていない。 これについては、専門外の著者に期待することは、最初からムリな相談。 
住宅関係のプロがアメリカに出向いて、その実態を明らかにしてほしいと願う。


posted by uno2016 at 11:57| Comment(0) | 書評(その他) | 更新情報をチェックする
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