2016年10月09日

伊東豊雄著 「建築で日本を変える」 (集英社新書 720円+税)



隈研吾氏と共に建築家で私か好きな一人の伊東豊雄氏。
同じ集英社新書から出版された 前著 「あの日からの建築」 は、それなりに良かった。 読ませてくれた。
しかし、今回のこの本は頂けない。 たしかに、舌鋒鋭く 資本主義社会における東京など大都市における 「建築」 の限界を指摘している。
しかし それは反面、伊東氏が東京など大都市で仕事がなくなってきたことを 告白しているにすぎない。 自分の努力を棚にあげて、一方的に他を責めているように感じた。

私は、最近のアメリカのNAHB (全米ホームビルダー協会) の動きには 疎い。
同協会は今でも、かつてのように輝かしい動きを現在も続けているのではないかと推測しているのだが、間違っているのだろうか‥‥。
私の知っているNAHBは、会員社約5万社余を有し、非常に前衛的な存在であった。
その協会の会長や 事務局長を日本へ呼んで、三菱地所など 有力な企業での公演をお願いしたことがある。 堂々とした公演で、大好評を博した。

一方、ビルダーの地位向上に関しては大変に 熱心で、早くから 「オープスペースのある団地の重要性」 を訴え、ランドプランニングや 企業刷新に関する書籍を発行し、会員の意識変革に大きな影響を与え、同時に地場ビルダーの企業力の向上に多大な影響を及ぼしていた。
つまり、日本で見かける業界団体とは、基本的に違っていた。
「産業界は、イノベーションなくしては 生き残れない」。 NAHBはそのことを、つねに公言して はばからなかった。
産業界と言っても、地場ビルダーというのは 従業員25人以下の企業が圧倒的に多い。 NAHBというのは、弱小企業の集まりにすぎない。 そして 日本の常識に従えば、「遅れた業界団体にすぎない」 と、私も当初は考えていた。
しかし、会長と事務局長の話を聞いて、私は少しずつ考えを変えてゆかざるを得なかった。
そして、決定的に考えが変わったのは、アメリカの建築現場を案内されてから。
つぶさにその実態を見てから、「こんな革新的な業界団体が、世の中には存在するのだ‥‥」 という驚きに変わった。
それほど、NAHBの存在は衝撃的だった。

私は、日本の建築現場を、どちらかというとよく眺めていた方。 
ご多分に洩れず、日本の建築現場では大工が威張っていて、古い慣習や生産性の低さが幅を利かせていた。 遅れていて、どうにもならない存在に思えた。
ところが、NAHBはまるきり違っていた。
まず最初に、造船業界に学んで、地場の弱小ビルダーの革新方向を定めた。
それまでは、アメリカの大工さんも日本と同じように オールマィテイの存在だった。 1人の大工さんが、あらゆることをこなしていた。
その大工業に、メスを入れたのである。
つまり、それまで1人の大工さんがでやっている仕事を、徹底的に分解して 造船業と同じように、大工工事を工事ごとに解体してしまったのである。
まず最初になされたことは、フレーマーと呼ばれている 「建て方専門の 2~3人程度からなる 建て方専門チーム」 を結成したこと。
そして、造作大工さんがやっていたあらゆる工事を、それぞれ1人チームの業体に 分解されていった。
例えば、枠付きドアを専門に施工する 「枠付きドア専門工」 とか、幅木を専門的に取付ける 「幅木専門工」 という具合に‥‥。

なかでも見事だったのは、ボード工の解体である。
今まで大工さんが受け持っていた構造用合板を張るボード工と、石膏ボードを張る石膏ボード工は、完全に分離された。
そして、背の大きな2人組の4×14尺の天井を専門に張る天井石膏ボード工と、4×8尺の壁を専門に張る1人組の腕太の壁石膏ボード工に分けられた。
それだけではない。 石膏ボードと石膏ボードを、不離くなく繫ぐ 下塗り、中塗り、仕上塗を綺麗に行うジョイント工や、壁の入済部分を専門に施工するコーナー工まで誕生させていた。
これ等のボード工の綺麗な仕上がり具合や仕事振りを見て、私が驚きの声をあげたとしても、許されるであろう。 それまでの、日本の大工さんの いい加減な仕事振りしか見ていなかった私にとっては、それは脅威を感じるほどの見事さであった。

この見事さを実質的に演出したのは、地場のホームビルダーではなく、新しく誕生したアメリカの石膏ボードの工事業者であったかもしれない。
このことは、すでに何回となく書いている。 しかし、日本の関係者は 私の驚きを単なる興味本位に捉え、誰1人として真剣に考えてはくれなかった。
私は、アメリカの石膏ボード工事の見事さを見ていない者には、アメリカの住宅の建築現場の生産性の高さについて、議論する資格がないと考えている。
つまり、日本の住宅関係者には、誰1人としてアメリカの石膏ボード工事を1週間の時間をかけて研究し、その生産性の高さを立証していない。
まことに情けないが、これが現実。

つまり、アメリカでは、日本の大工さんが1人でやっている仕事を、最低 7~8種の仕事に分離され、専門化されている。 それだけに生産性は高いが、逆に言えば管理がむずかしく 大変だということになる。
今はどうなっているかは分らない。 私がタッチしていた頃のアメリカでは、大都市の60%の需要は分譲住宅であった。 一般のサラリーマンは、中小の分譲住宅業者が、一期に建設する20~30戸の分譲住宅の中から、4戸前後のモデルハウスの中から、自分の家庭にフィットする間取りや外観などを吟味して選ぶ。
そして、すでに土地を持っている40%前後の人は、コストの問題からプレハブメーカーや地場ビルダーのデザインの中から選ぶ場合が多く、日本のように特別高いカスタム・オーダーメイドの比率は、20%を切っていた。
このように、分譲住宅の比率が高いからこそ、30~40年前は、日本の大工さんの 4倍以上の工賃を払いながら、分譲住宅の価格は日本の半分程度と言う価格が出現していた。
それにしても、生産性を高めようとする意欲は驚くほど高かった。

この現実を見て、アメリカのようにプール付きの群馬のヨシダホームや北海道のよねくらホームのように、いきなり分譲住宅へ進出するビルダーも現れた。 その動きを支援する大手の三菱商事なども出現し、その気になって土地購入資金を用意した。
しかし、この動きは一時的なもので、ヨシダホームやよねくらホームは、トップが不慮の死でなくなったとたんに、動きは停止した。 そして、アメリカ並の管理技術を生みだす という苦労は、永遠に封鎖されたまま。
たしかに、アメリカではNAHBが中心になって、コストの安い住宅開発が進められた。 その中心になっていたのは、地場のホームビルダーだったと思う。
しかし、いくら意慾があるホームビルダーといっても、造船業に精通している訳ではない。
各界の情報に明るい特殊な技術を持った技術者か、建築士が中心になったと考えられる。
中でも有力視されるのは建築士。 日本の住宅を考える場合は、建築士の存在を無視することは出来ない。 私が伊東氏や隈氏に期待したのは、そうした背景があってのこと。
しかし、今回の伊東豊雄氏の言動には、完全に裏切られたという気がする。

建築士が思い切ってその能力を発揮するには、大型の分譲開発は不可避。
たしかに、図書館を中心とする地方の公共施設の存在意義に、異論を唱える人はいまい。
しかし、アメリカの平均的な民間が開発した分譲地の40%がオープンスペースであるという事実。 そのオープンスペースの中にプールが 不可欠の条件として設置されており、歩道と車道が完全に分離されている開発地を見ていると、日本のように80%が専有地であるというマンションなどの開発計画には、アメリカの市民は見向きもしない。
アメリカでは、確かに 郊外へ低層住宅群が伸びている嫌いがある。 しかし、日本のマンション生活よりは、はるかにすぐれた 「オープンスペース」 という環境に恵まれたアメリカの郊外住宅地が無数に存在する。

中には、オープンスペースが60以上を占めているゴルフコース付きの分譲住宅が、ロスアンゼルスやラスベガスで、かなり安価な価格で売られている。
こうした民間のオープンスペース団地こそ、建築士が腕をふるうむところではなかろうか?
そうした需要開発に建築士がヨコを向いているところにこそ、日本の民衆の不幸があると言っても過言ではなかろう。
やたらに地方都市に引込むことを考えるよりは、もう少し前向きになっていただきたいとの願いを持たされた著書であった。




posted by uno2016 at 09:11| Comment(0) | 技術・商品情報 | 更新情報をチェックする
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