2016年08月30日

「マグネチュード」より「震度」がポイントになる消費者と地場ビルダー (上)



日経ホームビルダー編 「なぜ新耐震住宅は倒れたか」 (日経BP 2400円+税)

新耐震住宅.JPG

私は今まで、地震が起るシステムが知りたいので、地震学者とか気象庁のお偉いさんの言うことを黙って聞いてきた。
とくに 「地震を語る」 とになると、口角泡を飛ばして各大学の諸先生方が興味を示すのは、海溝型のマグネチュード8~9の大地震。
今年の4月16日の未明に起きたマグネチュードが3.5という熊本地震の本震などには、洟もひっかけない。 震度6強が2回、6弱が3回も起きているのに、全く関心がない。彼らが語るのは 東海から四国沖にかけて、今後30年以内に70%の確立で起ると言われている 「南海トラフト」 地震のことや東京の直下型地震のことのみ。
しかし、私がいままでに取組んできたのは、大学教授を喜ばせるための海溝型のマグネチュード8~9という地震ではない。 
1995年1月17日の未明に発生した阪神・淡路の震度7の地震であり、2004年10月23日の夕方に発生した川口町の、これまた震度7を記録した中越地震。 それと、2011年に これまた震度7を記録した津波による被害の多かった東日本大震災。 それと、今年 2016年の4月14日の前震で震度7と2日後の本震で再び震度7を記録した熊本地震。
ところが、その最も関心の高い熊本地震だが、日経アーキテクチャーから新発売されている表記の著書は、高すぎる。 定価が2400円で、税込価格は2592円 (2600円) 近くもなってしまう。 それほど、編集部の総力を賭けた作品だと言いたいのだろうが、要はどれだけ広範囲に読まれるかがポイント。
先に採算性を考えている著書なんて 絶対に買いたくないと思ったが、新耐震基準による倒壊が多いと書いているので、買わざるを得なかった。

ともかく、現役だった1995年の阪神・淡路の大震災や2004年の中越地震の時は、地元に適切な案内人がいたので、駆けつけることが出来た。 阪神・淡路大震災では、自らも 神戸に住んでいて 持っていたアパートも大きな被害を受けた松下電工の長年の仲間が案内してくれた。
神戸の被災地に入って驚いたことは、「関西では、地震の心配は 一切ない」 と言う神話が浸透していて、10.5センチ角ではなく、9.0センチ角の細い柱があまねく普及していたこと。 地元の建材仲間から、「ともかく、運送途中で折れる通し柱が 応々にある。 それほどひどい材を使っている」 と聞いてはいたが、神戸の現場は本当にひどかった。
基礎に鉄筋が入っていないものが半分近く占めていたし、太い柱で10.5センチ角にすぎず、半数以上が9センチの角材。 それこそ運送途中に折れる心配のある通し柱。
神戸市の死者2456人のうち、92%の2221人が15分以内に死んでいたという理由は当然。
神戸市だけではなく、死者6434人のほとんどは 通し柱が簡単に折れ、1階で寝ていた老人を中心に、倒れてきた2階の下敷きになって即死したものと考えて、間違いなかろう。
たしかに、中には家具などの下敷きになり、脱出困難で 火災で焼かれた人もいたろう。 だが、通し柱が折れて1階があっという間に潰されている現場を多く目撃された。 私は「神戸地震は、大工さんなどの建築業者が加害者であった」 と結論づけざるを得なかった。
そして、在来木軸で食っていた大工さん以下は、どのような形で責任をとるのか?  私には在来木軸の未来は、これで絶たれたと感じた。

一方、中越地震ではトステムのスーパーウォールで以前から付き合っていた 六日町から十日町方面を地場とする トピアホームを訪ねて取材を行った。 そして、震度7を記録したのは川口町だと知りスーパーウォールで実績のある渡部建設の案内で、川口町の激震地を案内して頂いた。
さすがは多雪地。 神戸のような10.5センチ角とか9センチ角と言った柱や通し柱はない。 少なくとも4寸角 (12センチ角) とか、中には5寸角 (15センチ角) という柱が目に付いた。
そして、私かとくに驚いたのは、多雪地のために ほとんどの家の1階はダブル配筋のRC造。 そうして2~3階が在来木軸で建て、雪の多い冬季は 2階から出入れしていた。 このため、1階の土間は物入れとか車の置き場として活用されていた。
この1階のRC造が、震度5~6の五日町や震度7の川口町でも 全く傷ついたものを見かけなかったこと。 つまり、外壁、床、野地に構造用合板を使用したスーパーウォールは強かった。
半壊以上の物件も目には付いたが、全壊は1戸もなし。
そして、激震地ではスーパーウォール以外は全滅という現場を多く見た。 しかし、その倒壊した建築物の1階のRC造に被害が皆無。 このダブル配筋の頑丈さには、心底から驚かさせられた。
と同時に、ツーバィフォーと在来木軸との「アイの子」に過ぎないスーパーウォールの丈夫さにも感動させられた。

渡部建設の注文住宅には 大きな家が多かった。 このため、内部の石膏ボード張り部分には、軒並み4寸の1/2とか1/3というスジカイが使われていた。 つまり、40ミリから60ミリのスジカイが使われていた。 このスジカイはどうなったのか‥‥。
圧縮力で全てののスジカイは面外へ挫屈して、石膏ボードを吹き飛ばしていた。
それが、1例や2例だったら許せるだろう。 私が見た全ての現場で、太いスジカイに石膏ボードが吹き飛ばされていて、耐力壁としての効果ゼロ。
この現実を見た時、私はスジカイの効果に大きな疑問を感じた。
ところが、信州大学と築波大学の先生が、この中越大震災の現場へ入っている。
私もムリをしてその発表会に参加させてもらったが、両先生の発表内容にはがっかりした。
確かに、両先生とも倒壊した在来木軸の現場へ入っている。 それは 何葉にも映し出された写真が正直に物語っていた。
しかし、両先生に共通する欠陥は、被害を受けていない1階のRC造に対して、何1つコメントしていなかったことと、中越地震で倒壊しなかった現場を全く 踏襲していないだけでなく、何1つ教訓を現場から得ていないことだった。

この著書では、表題が示しているように、「なぜ新耐震住宅は、潰れたのか?」 という大きな疑問を投げかけている。
ご存知のように、1981年にそれまでは震度6で倒れない建築物を、建築基準法上 「耐震建築物」 と呼んでいた。 それが1981年に建築基準法の大改正が行われ、震度7でも倒れない住宅のことを指すようになった。
つまり、耐震建築物といっても、1981年以前と以降は、全く変わったものに。 つまり、1981年以前のものを 「旧耐震基準」 と言い、1981年以降のものを 「新耐震基準」 という。
さらに、2000年に、「基礎」 「柱梁やスジカイの接合部」 「壁のバランス」 に関する告示がなされたので、この著では 「2000年基準」 と呼称して用いている。
今度の熊本地震で被害を受けた住宅は16万棟にも及んでいる。
例えば、1995年の阪神・淡路大震災では、調査した421棟のうち 1981年以前の 旧耐震基準が圧倒的で97%を占め、新耐震基準は13棟で、わずかに3%を占めるだけだった。
◇旧耐震基準    倒壊   大破      小・中破     無被害 
   408棟     77棟   81棟       225棟      25棟
◇新耐震基準
    13棟     1棟              6棟       6棟

これに対して、熊本地震の旧新基準や2000年基準、時期不明の1940例の比率は以下のようになっている。
◇旧耐震基準    倒壊   大破      小・中破     無被害
   702棟 (36.2%) 225棟   124棟      322棟       31棟
◇新耐震基準
   800棟 (41.2%) 73棟    78棟      482棟      167棟
◇2000年基準
   242棟 (12.5%) 7棟    10棟       91棟      134棟
◇時期不明
   190棟 (10.1%)               102棟       78棟
なんと新耐震基準と2000年基準が53.7%を占めている。
そして、これ等の新耐震基準と2000年基準にもとづいて施工された住宅の、なんと4%以上が熊本の2度にわたる震度7の地震で倒壊している。

日経新聞は、この著で言いたかったことは、「熊本地震の新耐震住宅の4%以上も倒壊したのだから、新規に2016年度の新しい基準を設けるべきではないか」 との提案だと思う。
私も、この提案には大賛成。
しかし、この本の第6章 「危ないスジカイ」 や、第7章の 「危ない軸組」 を読むと、日経ホームビルダーとして在来木軸工法の、「この点を こう変えるべきだ」 と言う点が、大変にあいまいで、スジが通っていない。
このままでは、金物工法とかミサワホームの言うように、やたらなに高価な新商品を押しつけられることになりかねない。
世界の木造住宅を見ると、大変耐震性能が良いだけではなく、防火性能にも秀でた木質構造がうじゃうじゃしている。
単に国内の製材工場に拘るのではなく、国産材を大切にしながら、消費者に安価で性能の高い住宅を供給してゆく義務が日経新聞にもあると思う。
その具体論について、次回には触れたいと思う。




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2016年07月15日

施主・専門家13氏による会員制クラブの新しい賃貸住宅の試み



「荻窪家族プロジェクト物語」 荻窪家族プロジェクト編著 (萬書房 1800円+税)

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ともかく、取上げるのが遅すぎる!
何しろ、昨年中に朝日新聞、日経新聞、読売新聞、日経アーキテクチュアに 記事が掲載されたという。 それだけではない。河北新報や上毛新聞、建築ジャーナル、新建築にも 昨年中に紹介記事が連載済みだという。
ところが うかつなことに、私は「荻窪家族プロジェクト」については、この著書が出版されるまでは、全く知らなかった。
何しろ、荻窪駅から歩いて7分。
杉並・荻窪4-24-18の約200坪の土地に、鉄筋コンクリート 3階建ての延べ床765.1㎡ (約231坪) の 「地域開放型賃貸シェアハウス的 多世帯集合住宅」 が建てられていたのだ。
こんな ビックニュースにぶつかりながら、何一つ現地を取材もせずに、本を頼りに 記事を書くとは‥‥我ながら落ちぶれたものだと思う。
年内には、その後の動きを探った特集記事を載せたいと希求。

この著は13人の著作から成っている。
自宅とアパートが建っている200坪の土地は、戦後 北朝鮮の羅南から命からがら生き延びてきた親夫妻のもの。 母親は3人の女の子に恵まれたが、一番下の子の三女は 帰還の途中で栄養失調のために死別。 38度線近くの土に埋めてきた。 
父親は捕虜となり、ソ連のエレブカに連れて行かれ、帰ってきたのは かなり後のこと。 そして帰国後の最後のチャンスに生まれたのが、この物語の主人公・四女の瑠璃川正子。 何しろ父母共に1906年生れで、40歳を過ぎての遅産。 このため、両親からは特別に可愛がられたよう。
しかし、父親は教育には厳しく、年違えの姉と同様に薬剤師の資格を、全員が持っている。 それだけではない。 正子の場合は簿記も覚えさせられ、会社の数字にも明るくなるように特訓を受けさせられた。 
しかし、薬剤師としての10年間は、子育てに追われ、専業主婦としての10年間でしかなかった。

母親が介護の生活に入ったのは1996年の90歳の退院の時から。 退院後も看護婦さんが訪問・指導してくれたので、家政婦や姉とともに6年間介護をしたあげく、2002年に母は亡くなった。 
父親は102歳まで元気だったが、102歳から1年間は認知症になって2009年に死去。 父親の介護は実質4年以上続いてた。 この両親の介護を通じて正子はいろんなことを学んだ。 
老いてゆく一時を、どうしたら有意義に幸せに過ごすことが出来るかと、民間の老人ホームに一年間勤めたこともある。 自分達が老人になった時に、どんな住宅に住んだ方が理想的かを真剣に考え、多くの老人ホームや施設などを視察。 
しかし、老人ばかりの住宅を見ているうちに、若者と共存出来る住宅こそ肝要だということに気がついた。 そして2006年に 「NPO法人 ちいきちいき」 を立ち上げて「ひととき保育方南」 を引受けたりしている。
2010年には新聞に載った 「ケアタウン小平」 と宮崎の「かあさんの家」 を 介護のプロの島根八重子さんと一緒に訊ねている。 その折、白十字訪問介護の 秋山正子さんを紹介してもらい、新宿に開設された 「暮らしの保健室」 を見て、「新築するであろう荻窪の施設にも、暮らしの保健室」 を併設する構想を固めている。

ともかく、施主の瑠璃川正子女史の意識は時代を抜いていた。 ほとんどのセミナーに参加して、その道のプロとの出会いも数多くあった。 
このため、そこいらの設計士事務所が作った通り一変の老人ホームのプランや、介護施設を備えただけのプランには満足出来なくなっていた。 
2007年、区の市民大学で、老人社会学の権威・澤岡詩野さんに出会っている。 いろいろ話合う中で、建築家・連 健夫氏を紹介されている。
この連氏との話合いはことのほか順調に進んだ。

まず、施主である二人の考えるそれぞれの試案を、絵に書いて提出してもらった。 この絵は3つから成っていた。 
①オーナーの住戸、②賃貸住宅、③地域への開放施設。 
これを具体化するために、連設計事務所から3つのプランが用意された。 そのプランを比較検討している中で、次第に1つのプランに集約されていった。
2015年に完成した 「荻窪家族プロジェクト」 は、以下の3つから構成されている。 
①オーナーの住戸は3階に設ける。 ただし、オーナー室は賃貸同様シャワー室だけとして、浴室および洗濯室は3階に設ける2つの展望浴室・洗濯室を、賃貸オーナーと共有して使用する。
②2階は主に25㎡の専有賃貸住宅からなる。 中央の北側の階段室を挟んで、左右に5戸ずつと1階に4戸、計14戸 (月額賃貸価格15万円、これにはテラス、共有ラウンジ、共有浴室・洗濯室などの費用が含まれている)。 そして、2階の中央階段室の南側の空間約8㎡ (約2.4坪) は、賃貸14入居者の公共の休憩室、ロビー、客間など、くつろげるラウンジとして使用される。
③1階は、東側は4戸の賃貸住宅。 中央の南玄関や北階段室を除いた西側全部が 地域に開放された集会室、ラウンジ、アトリエとして公開されている。 ごく一部は管理人室になっているが、1階の半分が地域に公開されている例は極めてまれ。 当然のことながら、暮らしの保健室なども早々にオープンしている。 隣人祭りや地域住民が参加したシンポジュウム、百人力サロンも頻繁に開かれているという‥‥。

ともかく、最初はオーナーの自宅からスタートした。 柿や梅の木のあるのどかな庭があり、野菜などがとれる畠仕事が出来た。 それが、やがて2戸のアパートと駐車場に姿を変えていった。
そして、10年近い介護生活を通じて、当初考えていた老人介護のやりやすい家から、多くのプロのアドバイスを得て 「距離感を保ちながら、仲間同士で住む家へ」 へと大きく方針が変わってきた。「そこでは飼い犬も一緒に住めて、高齢者だけではなく赤ちゃんがいたり大学生がいて、さまざまな世代が風のように行き来する住宅地‥‥」 に変わった。「そんな理想郷がないなら、自分でつくるしかない」 という施主・瑠璃川正子さんの熱い決意。
その決意に応えたのが、連設計事務所の柔軟な対応。
ともんかく、設計の段階や施工の段階で、住む人や建てる人の意見を取入れる柔軟さを持っていた。 さらには、「事前リノベーション」 と称して、若い設計士の意見を採用するという予算的な裏付けを伴ったシステムの考案と採用‥‥。

この著を読んでいて、あまりにも参考になる点が多いのにはビックリ。
しかし現実は、はたして施主の思いどおりになっているか、どうか?
その点がどうしても知りたい。 それには、個別の取材が不可欠。
今回は、とりあえず著書の紹介のみ。 
後の楽しみは、秋以降まで待って頂くしかない。


posted by uno2016 at 13:49| Comment(0) | 書評(建築・住宅) | 更新情報をチェックする

2016年06月10日

デシカがなくてもダブル断熱で温度と湿度がコントロールが可能?


渡邊和司著「一生健康に暮らせる住まいづくり」(幻冬舎 800円+税)

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先週 紹介した隈 研吾氏の 「なぜぼくが新国立競技場をつくるのか」 を買うために、紀伊国屋書店へ走った。 その時、住宅業界の棚に表記の新しい著作が並んでいたので、面白そうなので ついでに買ってきた。


ご案内のように、私が週刊住宅ジャーナル編集長に着任以来、北米におけるオープンなツーバイフォー工法を発見し、これに惚れこんでしまった。 何しろ日本の数倍も時給の高い職人を使い、日本の2倍以上の性能が優れた建材を使いながら、その住宅の販売価格が日本よりも大幅に安かった。 つまり、建築現場の生産性が、日本の数倍も上回っていた。
当時、すでに10数社が北米のツーバイフォー工法を真似て、日本で特許をとっていた。 不肖日本ホームビルダー協会も個別認定を取っていた。 北米でオープンな工法を、如何にも自社の開発工法のようにPRしている根性が許せなかったし、やたらとカネを払ってプランを多く得ないと、使いものにはならなかった。
幸い、住宅局長の理解が得られ、住宅金融公庫の若手の技術者による標準仕様書造りが着実に進んでいた。 これと並行して、ホームビルダー協会の仲間の努力によって、ツーバイフォー工法をオープン工法として導入させることに成功。

ともかくアメリカで、ダイヤフラム理論が公認されていたので公庫の技術者は抜かりなく仕様書を作成して、床をプラットフォームで構成して耐震性が抜群。
それだけではない。 12.5ミリ厚の石膏ボードを押入れを含めた全ての天井面と内壁面に採用した。 そして、ドライウォール工法での仕上げ。 その生産性の高さも、防火性能の高さも抜群。
タウンハウスの界壁には、石膏ボードを2枚を公庫の標準仕様書で使っていたし、アメリカの中高層ビルには30ミリとか40ミリの厚い石膏ボードが採用されていた。
北米では、ツーバイフォーによる木造住宅の寿命は、コンクリート造と同様に100年間と言われていた。 「少なくとも、3世代は持つのが木造住宅」 という意識が、当時アメリカの主流を占めていた分譲住宅では常識。


しかしオープン化以降、ツーバイフォー工法が順風満帆で成長してきた訳ではない。
この工法を最初に本格採用したのは寒冷地の北海道。 1年も経たないうちに壁の中に充填させていた断熱材が、結露で氷って氷柱になってしまった。 早速、アメリカの歴史を調べてもらったら、第2次世界大戦前後から北米でも断熱材が使われ始め、冬期に壁内に漏れた空気によって結露を起していたことを発見。 北米ではこの結露を防ぐために、冬期室内に空気が漏れないように石膏ボードの下にべバーバリアを入れていることが判明した。
ところが、べバーバリアを入れると、東京以西では夏場に結露が生じることが計算上明らかになってきた。 この解決策として内壁通気層の設置などが検討されたが、北海道が開発した外壁の構造用合板の外側‥‥つまり、外壁仕上材の内側に通気層を設けることで、壁内結露問題が解決された。


その次に問題になってきたのは、アルミサッシの結露。 これは、アルミではなく木やプラスチックの枠材を採用して、ガラスをダブルではなく最近ではトリプルに格上げして、完全に開口部の結露を防止している。
つまり、北海道をはじめとした先進的なビルダーにおいては、サッシだけではなく、壁内結露問題はなんとか卒業出来たと考えて良いようだ。
そして、先の阪神淡路大震災でもほとんど倒壊などの被害がなかったのがツーバイフォー住宅。
豪雪地の中越地震では、ツーバイフォー住宅の存在が限られていたが、倒壊はゼロ。 そして、外壁に構造用合板を採用したスーパーウォールが、震度7の川口町では倒壊していなかった。
ごく最近の熊本地震。 まだ詳報な情報は入手していないが、ツーバイフォー住宅はいずれも健全な様子。 詳細を入手次第、報告したい。


そして、阪神淡路や中越地震で、息の根が止められたと思った木軸工法が、金物工法で復活したことを喜びたい。 しかし、金物工法で特認を得ている大手住宅メーカーの動きを見たり、各社の動向を見ていると 必ずしも諸手を挙げて喜ぶわけにはゆかない。
やたらに集成材の柱や梁を多用していて、ツーバイフォーに比べると資材が30%も多く使っており、今後においてもコストダウンの見込みは非常に少ないように見える。
私が北米のツーバイフォー工法に魅せられたのは、性能を遥かに上回るコスト安。 別の言葉で言えば現場の生産性の高さ。
それに、金物工法が追付いておらず、このままでは北米との差が開いてゆくばかり‥‥。
たしかにアメリカは2007年の世界金融危機で、サブプライム住宅ローンに飛び火して、バプルが崩壊した。 しかし、傷を負ったのは金融業者で、多くの地場ホームビルダーは投機を回避していて、ほとんどが無傷。


これに対して、技術的には問題はあるが、三井ホームやセキスイハイムを抜いて、住宅業界2位の座を i-smart などのツーバイフォーパネル工法の急躍進で支えている一条工務店。
同社が急伸出来たのは、フィリピンに存在する格安の生産工場と、平均7~8ワットも搭載している太陽光発電パネルが、たった1%の金利費で搭載できるという戦略のうまさにある。
たしかに、ツーバイフォー工法をパネル化したという先見性も買えるが、やはり何と言っても、Q値は0.82W/㎡・k、 C値は0.59cm/㎡という性能値が、坪70万円以下で買える点こそがポイント。
こうした性能と価格を消費者に提示した業者が、いままでいただろうか?
私が第一線で働いている時は、「チャンス到来」 と頑張ったはず。 しかし第一線を退いた現在では仲間の動きを観察するだけ。 「チャンス到来」 と叫ぶモサは、残念ながら見当らない。


次に問題になってきたのは、日本の冬期の異常乾燥と、夏期の高温多湿。
筆者は、「ハワイは大変涼しかった」 と言っているが、私が数度はワイキキを訪ねているがいずれも1~3月の冬期。 いずれの時も、ハワイの蒸暑さに閉口。
たしかに、相対湿度でホノルルを見ると62~82%。 一方、東京の相対湿度は60~76%。 たいした差が無いように見える。 しかし、年間ホノルルの温度は28.8℃に対して東京は16.6℃。 絶対湿度で見るとホノルルは18グラム強に対して、東京は8グラム弱。 なんと10グラム以上もホノルルの方が絶対湿度が2倍以上と高い。
とくに1~3月の3ヶ月で見ると、東京は22.6グラムに対してホノルルは3.5倍も高い79グラムもある。 冬期しかホノルルを訪ねたことのない私が、ホノルルの冬期の蒸暑さに閉口した理由がお分かり頂けることと思う。
アメリカの西海岸やヨーロッパは、冬期はジメジメしているけれども、夏期はカラリと晴れていて、心の底から楽しくなってくる。 旅に出かけるなら夏期のアメリカの西海岸とヨーロッパ。 別の言葉で言えば、アメリカの東海岸へは、私は日本を感じるので行きたくない。


したがって、30年以上も前から、「日本の冬期の異常乾燥と夏期の高温多湿」 を大問題視。
当然のことながら、著者の言うように私もダブル断熱と壁内通気を何回となく試みてきた。 しかし、北海道のように寒冷地の場合には、充填断熱+燃えないロックウールによる外断熱でのダブル断熱は不可避。 だが、東京以西ではダブル断熱をやるよりは、206材の14センチ厚の中に重量断熱材を吹込むシングル断熱の方が、はるかにコスト安。
今では、Q値が0.9W/㎡k以上が出せ、C値は0.5c㎡/㎡を切ることは容易。
つまり、一条工務店が言うところのQ値0.82W/㎡・k、C値0.59c㎡/㎡に限りなく近づけられる。
著者は、ご自慢のダブル断熱のQ値がいくらなのか、最後まで探したが、記載されていない。
そして、C値はc㎡/㎡で表現するところを、わざと約10センチ角の穴と表現している。 もし40坪 (132㎡) の住宅に換算すると、0.76c㎡/㎡となる。 一条工務店の0.59c㎡/㎡よりはるかに下。
壁内通気をやっているので、この程度の数値でおさまっているのは上出来。 それにしては、あまりにも自慢がすぎて、読んでいて気持ちか悪くなってくる。 少なくとも、一条工務店を上回ってから、自慢話を始めてほしい。
といっても、「一生病死をしない住宅はどうあるべきか」 と書かれている内容には、私も100%は賛同。 文句をつけるところはなし。 ただし、この程度のことでタラタラ自慢話を並べられることは、絶対に許せないと思う。


ということは、冬期の加湿と夏期の除湿は、私に課せられた長年の課題。
最初に、この難問に取組んでくれたのがダイキン。 歴代の東京ダイキンの技術部長は、実に真剣に取上げてくれた。 最初に開発されたのは、除湿には一台のエアコンを使い、冬期の加湿は透湿膜によるものだった。 これが10年ぐらいは続いたと思う。
施主からも好評で、「おかげで冬期も薄い掛布団だけで済む。 ベランダで布団を干さなくて済むようになったことが大変に有難い」 との賛意をいただいた。
また、ほとんどの施主は当初は網戸を欲しがった。 ところが、一夏とか二夏過ぎて伺うと、ほとんどの家では網戸を外して生活していた。
「いゃあ。 最初は春とか秋は窓を開けて、外気を取入れていたのです。 しかし、窓を開けると
車や隣近所がうるさいし、砂埃も入ってきて掃除が大変になる。 そこで、いつの間にか窓を開けない生活に変わった。 窓を開けなくても空気は綺麗だし、除加湿もきちんとやってくれているので問題はない。 結局、網戸が不必要になったのです‥‥」 と。
そのうちに、R-2000住宅が普及してきて、Q値は1.3W/㎡・k以下に、C値は0.89c㎡/㎡になってきた。 このQ値には悩まされたが、C値は0.5c㎡/㎡は直施工の地場ビルダーには簡単に出せる数値。 ところがツーバイフォーの大手である、三井、三菱、東急など施工を外部委託している各社は、軒並みこの項目で失格。 R-2000住宅から姿を消してしまった。


大手メーカーは、プレハブメーカーにしたところで、高気密にはからきしダメだということがこのことで判明した。 そして、国交省が音頭をとって、政府のあらゆる記載から 「気密性能‥‥つまりC値を除外」 するという暴挙に及んだ。
つまり、「暖かい住宅」 というのは、隙間のない住宅のこと。 この肝心のC値を除外したことで、日本の住宅は国際水準から逸脱した寒い住宅‥‥やたらに燃費のかかる住宅へと脱落してしまった。
「高断熱」 は謳うけど、「高気密」 には一切触れないという、まったく不可解な現象が、国交省と大手住宅メーカーの手によって決行された。
このため、「ゼロエネルギー住宅」 といっても、日本では太陽光発電をやたらに搭載した住宅を指すようになってきている。
勇気ある人が出てきて、国交省のバカげた理論が一掃されることを願ってやまない。


さて、透湿膜による加湿は水道水の中に溶け込んだ塩素などによって、水が流放しになる故障がよく発生した。 このため、ダイキンは透湿膜を避け、業務用のデシカを家庭用に変更する研究を開始した。 水道水を使うのではなく、空気中の水分を使う方式。 そして、多くの消費者が居るにもかかわらず、ダイキンは透明湿度膜の生産を中止!
デシカが、透湿膜と同じ価格で生産され、流通するものと考えて私は全面的にダイキンに協力。
そして、かつて工事の発注を一任していたオリエンタル冷熱が、各部屋ごとに温度や湿度を調整出来る分配器を開発してくれた。 これは従来のダイキンの分配器と異なり、必要な給排気をミリ単位で調整出来ると共に、温湿度を居住者の好みに合わせて調整出来るすぐれもの。
そして、オリエンタル社がダクト配置工事を容易にするために、計30万円/戸程度高くなったが、北側には平行弦トラス床を採用した。 これでダクト工事が飛躍的に容易になった。
また、天井面から直下に吹下ろす方式では風を感じるのを嫌い、廊下の天井を下げて、水平に吹出すように工夫して、風を感じない家造りを目指した。


つまり、Q値やC値の性能を良くすると、40坪程度の住宅では空調機は3.0KW程度のものが1台あれば良く、7~8台は不要になる。 つまり、1台のデシカを兼ねた空調機と90%以上の熱回収機があれば、風を感じない快適な生活が得られる。
ところが、業務用のデシカを住宅用に替えたら、なんと定価が100万円以上に。
かつての透湿膜方式だと、平行弦トラスを採用すれば、ダクト工事込みで100数十万円で仕上がっていたものが、軽く200万円を突破してしまう。
これだと、ダイキンとしては、1台の高いデシカを売るより、7~8台のエアコンを売った方が、会社としても1営業マンとしても良いことになる。 かつて絶対視されていた除加湿機能は、等閑視されるようになってきている。 しかし、価格問題を別にすれば、入居者の話を聞けば、デシカの除加湿の機能には最高の性能を感じている。 高くても使いたいという消費者も存在する。

もし、著者の言うように、壁内排気方式で除加湿機能が得られるのであれば、私も千葉のトーワホームシステムを選びたい。
しかし何度読返しても、心の底から納得出来ないでいる。 一度、同社のモデルハウスを訪ねてみる必要があるようだ。


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