2016年10月25日

山中伸弥・伊藤穣一著 「プレゼン」力 (講談社 1200円+税)



山中伸弥氏の、名前はよく知っていた。
ips細胞の開発に成功して、2012年にノーべル生理学・医学賞を受賞したご本人。
マウスの皮膚細胞に、4つの遺伝子を導入してさまざまな細胞になり得る ips 細胞。
細かいことは当時からさっぱり理解出来ていなかった。 だが、4年前の各新聞やテレビでは、やたらに ips 細胞に関する解説記事が溢れていた。
その後、山中伸弥氏のことは報道各社からまったく顧られず、私の意識の中からは とっくに消えていた。 ところが、このほど出版された講談社の 「プレゼン」力 ~未来を変える「伝える」技術~ の著者の1人として甦った。
共著の伊藤穣一氏 (マサチューセッツ工科大のメディアラボ所長、2016年に同大の教授に就任) のことは、まったく知らない。 1966年に京都府生まれで少年時代をアメリカのミシガン州ですごし、日本でのインターネットの普及に尽力した人 と著書では紹介されており、山中伸弥しとの対談ではなかなか読ませてはいるが、知らない人は知らないと言うしかない。
したがって、この紹介では山中伸弥氏のノーベル賞の話を中心に進めてゆきたい。

氏はアメリカヘ留学する前に、日本でもある程度プレゼンティーションに関して それなりの指導を受けていた。
ところが、アメリカに着いたら、ほとんどの人から次のように言っていた言葉が、大変に 印象的だったと言っている。
それは、「研究者にとって、研究室で実験を続け、良い結果を得ることが最大限大切な仕事」。 それよりも重要なことは、「一般の素人の人々に、どのように伝えるか ということの重要性を理解すること」 だったと言う。 
これについては、日本の研究者の中には、「確かに成果が正しく伝わることの重要性は認める」 という意見があるのは事実。 しかし一方で、「研究結果が良ければ、それでいい」 とか 「結果さえ良ければ、後は他人に分らなくても良い」 と、頭の中で考えている人が、圧倒的に多いのではなかろうか?

著者自身も、留学する前までは、「発表は大切なことだ」 とは考えていたが、アメリカ人のプレゼンテーション能力だけでなく、論文を含めた「アウトプット力」や「発信することの重要性を ここまで真摯に考えている」 とは、想像を超えるものがあったらしい。
ともかく、アメリカでは系統だった特別の授業が用意されていた。 実践的なトレーニングで、1回2~3時間の授業を20回くらい継続的に 受ける。そして、毎回ほかの受講生の前で20~30分の発表をやらされる。 それらを全てビデオに撮っておき、プレゼンが終わると発表した当人は一旦退席を命じられる。
そして、残った受講生と先生で、録画したビデオを見ながら、「今のプレゼンの どこが良かったか、あるいは悪かったか」 を、徹底的に講評してゆく。 本人が目の前に居ると 多少は遠慮をしがちになるが、本人が居ないので本音が引き出せる。 その講評もすべてビデオに撮っておく。
それから、プレゼンした本人が教室へ戻ってきて、本人を交えたディスカッションを行う。 もちろん全てのビデオを公開しながら‥‥。

皆の意見は、とても多岐に亘っており、しかも自分が全然意識していなかった点や、細部にまで及んでいる。
これらをすべて家へ持って帰り、録画されたビデオを見なおし、再確認する。
本人が居ない時のビデオには、かなり辛辣な講評もあって、非常に参考になる場合が多い。 こうしてトレーニングを、全ての参加者は最低2回は経験する。
こうした授業で習った全てのがスキル (技術) が、今の著者のプレゼンティーション能力の 基礎になっている。 決して思いつきや、自分の個人的な考えから選んだものではない。

そして、最近の科学者のプレゼンティーションでは、ほとんどがスライドを使用している。
最近のプレゼンティーションが 成功するか、失敗するかは、このスライド作りに成功するか、失敗するかで決まると言っても過言ではない。 
つまり、スライドの準備段階で成否が決まると言っても良く、アメリカの全ての技術者は その準備にものすごく気を遣わさせられている。
つまり、プレゼンする聴衆の科学的知識や理解度により、その都度内容を変えることが 求められいる。 出席者の理解度に合わせることが絶対不可欠な作業に‥‥。
これをサボって手を抜くと 「興味をもってもらえない」 とか 「途中で退屈で眠くなってくる」 という結果になる。

そして、スライドのテクニックについては アメリカの授業で教わっ点は多いが、スライドは可能な限り「シンプルでなくてはならない」 と言うのが著者の信念。
つまり、「スライドは紙芝居だ」 と考えている。 どこまでも 「絵」 であって、「文学」 であってはならない。
パッと見て、分かりやすく、興味が持てるものでないと、誰も見てくれない。 いくら内容がすぐれていても、見てもらえないと意味がない。
大先生と言われる 先生の中には、複雑怪奇なスライドを使っている方もおられるが、自分しか分らないスライドばすべて失格。

つまり、紙芝居の基本は、絵にしたことだけをしゃべるだけ。
つまり、「しゃべらないことは絶対に描かない」 ということ。これを徹底することで、大変分りやすい‥‥つまり、伝わりやすいプレゼンテーションになる。
日本では、「予演会」 というのは、若い人がやるもので、教授が 「予演会」 を行うことはあり得ない。 つまり、下手な教授が予演会をやらずに裸の王様になっている。 これに対して誰も文句は言わず、裸の王様だけが損をしている。
これに対して、アメリカの著名な教授は、予演会には熱心すぎるほど熱心。
つまり、本気で聞いてもらおうと考えている。

しかし、こうした 「伝える技術」 は、アメリカで嫌というほど身に着いた。 しかし、肝心の研究する技術は、アメリカでは簡単に身につけられない。
著者は日本へ戻り、学術振興会特別委員会に採用されたのち、大阪市立大医学部助手として ES細胞の研究は続けていたが、アメリカでは専門スタッフがマウスの世話をしてくれるが、日本にはそうした専門スタッフが不在。 全部が自分の仕事で、それに自分の仕事を理解してくれる人がいない。 
山中伸弥氏は 次第に鬱状態になり、「研究者をやめて 成形外科医にもどろう」 と思うほどまでになっていった。
その時、アメリカ・ウィスコンシン大のトムスン教授がヒトES細胞の作製に成功したというニュースが飛込み、また奈良先端大の採用も決まった。
そして、新入生争奪戦で窮余の一策からips 細胞の発想が生まれ、科学技術振興機構の面接官に大御所・岸本忠三先生のES細胞に賭けて見るという試みが成功したのと、海外の人脈のお陰で ips 細胞研究所が京大に設立されることになった。
こうして、ノーベル賞への道は拓いていった。

ともかく、山中伸弥氏を支えている最大のモノは、プレゼンティーション能力だということが、ことのほかよく分る。
そのたぐいまれな能力が、見事に開花したのがノーベル賞の生理学・医学賞だということも よく分かる。
この著書は、そういった山中伸弥氏を理解するには、欠かせない貴重な書であることを納得させてくれる。

posted by uno2016 at 08:24
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