2016年12月10日

初めてスマートフォンが持っている内容が分った好著  



石川結實著 「子どもとスマホ」 (花伝社 1200円+税)

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このことは、すでに書いた記憶がある。 したがって、飛ばし読みされても結構。
今から30年以上も 昔のこと。 住宅会社のトップに指名されたとき、「これからは、パソコンの時代。 どんなことがあってもパソコンを取入れてゆこう!」 と決断。
そしたら、さっそく 「パソコンの勉強会」 が開催された。
ところが、社内にはパソコンが1台もない。「これでは、社内の勉強会も開けない」 ということで、社長にかけ合って、16インチのパソコンを7台を購入してもらった。 その時の価格は、覚えていない。
そして、なんとか若手社員にパソコンを覚えてもらった。
しかし、「若手だけがパソコンの通になっても、我々 中年の指導者が覚えなくては、本当の意味での普及はあり得ない」 と痛感し、当時としては珍しく 7台も16インチのパソコンを購入した会社に頼んで 「14インチで良いから、私の自宅へもパソコンを入れてほしい」 と頼んだ。
もちろん 7台も買ったのだから、14インチの超小型だし、「価格は相当安いはず」 だと期待していたのは事実。 ところが、請求書を見て腰を抜かした。「なんと14インチのパソコンの請求金額が、200万円もしていた」 のだ。
今だと、会社で7台もまとめ買いをしているのだから、自宅用の14インチならタダか、高くても数万円程度にすぎないであろう。 それが、30年から35年前の パソコンの初期の開発時代には、200万円も支払わされた。
少ない退職金のほとんどが、14インチのパソコン代に消えた。

このことがあったので、私の自宅におけるパソコン熱は、中途半端の遊びではなくなった。
やがて、単に住宅の設計や見積段階だけではなく、「営業の打合せ段階から パソコンは必要不可欠のもの変わり、全社員がパソコンを操作する」 ようになっていた。 当然のことながら 私は自宅だけではなく、会社でも16インチのパソコンを使うようになっていた。
私の周辺では、常に2台のパソコンがあったので、不便を感じることは全然なかった。 それに、目も次第に老化していたので、スマホに変えることなどは 1度も考えたことがない。 「スマホ依存は若者の特質」 程度にしか考えてこなかった。
しかし、この 「子どもとスマホ」 と言う著作を読んで、改めて スマホの持つ意義と言うものを深く考えさせられた。

「スマートフォン」 とは、直訳すると 「賢い電話」 ということになる、とこの著書で指摘されて目が覚めた。 そして 「スマホはパソコンに限りなく近い存在だ」 と言われても、ピンとこなかった。
私にとっての 「パソコンとは?」 ①仕事の必需品。 ②メールの送受信をしている。 ③文章やグラフが作成出来る。 ④インターネットに接続して 検索や情報収集をしている。 ⑤ブログを書いている‥‥の5点しか使っていなかった。
ところが この著書では、 ⑥SNSを利用して友人と交流している。 ⑦家計簿をつけている。 ⑧写真を加工している。 ⑨動画や音楽を楽しんでいる。 ⑩ゲームをやっている。 ⑪イラストを描いている‥‥など、11点をあげている。
私は、半分以下の5点しか使っていないことに、初めて気がついた。
そして、スマホではパソコンと同じように、11点の利用が出来るという。
これだと、仕事以外に いろんな趣味に使える訳ですね‥‥。 もちろん、多面的に使うには 「アプリ」 と呼ばれる応用ソフトをインストールする必要があるらしいが‥‥。

ちなみに、無料で使えるアプリには、LINE社が提供するアプリなどがあり、用途として 下記のように各種におよんでいる。
●生活に役立つアプリ 通信(メール、メッセージ交換、電話、ビデオ通信等)、SNS、天気
           地図、乗換案内、グルメ案内、カメラ、カレンダー、健康チェック
           家計簿、ニュース、新聞、広告、チラシむなど
●勉強に役立つアプリ 辞書、翻訳、百科事典、語学、受験問題集、暗記術など
●仕事に役立つアプリ 手帳、スケジュール管理、文章作成、計算機、名刺管理、データー保存
           録音、スキャナーなど
●趣味に役立つアプリ 動画視聴、ゲーム、音楽、ラジオ、電子書籍、コミック、マンガ、雑学
           観光ガイドなど

つまり、私の不勉強のために スマホを軽蔑して、その多様な利用性を抑圧していた、ということになる。 自分は、常に最前線をつヽ走っているつもりだった。 それは、とんでもない妄想に過ぎなかったことが明らかに‥‥。
昭和30年代にテレビが登場した。
最初は高価のために、家庭に入ることはなかった。 駅前などに設置されていたテレビを、いつまでも飽きずに眺めていたことを思い出す。
そして、やがて全ての家庭に 「神器」 としてテレビが導入されてきた。 そのテレビに匹敵する 「神器」 がスマホだと 著者は力説する。 たしかに言われてみれば、若者にとってはテレビ以上の 「神器」 であることは間違いない。
ただ、私のような目が悪くなった年寄りには、テレビと同一する視点がなかったのは事実。

そして、筆者は多くの若者を取材して、スマホでは簡単に友達が 得られるが、深い関係になることが少なく、すぐ切れてしまっていると述べている。
いずれにせよ、小中学生では現実の経験がないだけに、ゲーム会社のビジネスに溺れたりなど、ネットを巡るトラブルが多発している現状を、詳しく紹介していて参考になる。
そして、子どもがスマホを欲しがった時は、高校生になった時に与えるのが良いと書いている。
「昔の腕時計に変わるのが、現在のスマホ」 だと、大人は理解すべきだと言う。
そして、購入する前に 本人を含めて紙でチェックし、料金を含めたスマホの 「見える化」 が肝要だと力説。
しかし、これからの将来像を描くのは難しく、子どもの力を引出す 大人の力こそ大切だと、理想論を述べるだけに終わっているのが不満!。
いずれにしても、これからのスマホの将来は、企業のパソコンの未来にも 直結するだけに、目が離せないと言うことしか、結論めいたことは言えないようだ。

posted by uno2016 at 12:37
"初めてスマートフォンが持っている内容が分った好著  "へのコメント
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